昨日は2月26日でした74年目帝都を震撼させた、あのクーデター事件があった日です。
かつて、この事件を扱った2.26と言う邦画がありましたが、そこに登場する将校たちはどうも、九八式軍刀を腰に吊ってますね、これは間違いでしょう。
昭和11年にはまだ九八式と通称される吊り輪一環の軍刀の制式は制定されていません。
当時の将校用軍刀の制式は九四式と通称される二環吊りの陣太刀型の軍刀のはずです。
ただこの九四式の制式が陸普で通達されたのは昭和9年の10月だったかと記憶いたします。
事件は11年の2月ですね、だとして、事件の首謀者たちは30代のかかりの大尉、中尉でありました、彼らは任官して約10年前後です、ということは少尉任官の際に自己調弁した軍刀は旧型のサーベル式軍刀以外に考えられません。
それが1年半ほどで新型の軍刀外装に改めたのかという疑問が残ります、恐らく改める時間も視力もなかったのではないかと言うのが普通に考えられるところです。
事件別働隊の河野大尉は事件当日将校用外套を持っていなかったので、同僚から外套を借りて出動したと言います。
この当時の将校の逸話には、連隊に宮様が来られるが支出多端の折から全将校階級章の新調のみで軍服の新調は見合わせるというような申し合わせをしたりしている時代であります。
旧型軍刀で終戦まで間に合わせたという話もあり、昭和18年ごろの栗林中将の恩賜の軍刀はやはりサーベル型のままです、つまり金銭的に新型軍刀を新調出来ない事情を含め、必ずしも新型への新調は絶対ではなく、古い将校はむしろ子さんの象徴として旧型軍刀は終戦まで混用されております。
制式改定直後の2.26事件で下級将校は従来型の旧式サーベル型軍刀を使っていたと私は確信いたしております。

1