18歳の頃、デザイナー学校生だった時の男友達のYは、どこか暗い陰のある青年だった。
彼はかなりの変わり者で、他の若者が好むあらゆることが気に入らなかった。
例えば流行していた音楽も、ファッションも。
1975年当時の流行と言えば、洗いざらしに裾をわざわざほどいてボロボロにした、エドウィンやベルボトムのジーンズにサボサンダル、イエスキリストのようなよれよれした長髪スタイル。
だが彼はいつでも短髪にスニーカー、地味一辺倒で笑顔もなく無愛想だった。
だが、どう言う理由からなのか、私はYと意気投合した。
レッドツェッぺリン等のアーティストがもてはやされている中、彼が唯一レコードを集めていたのは、ウィッシュボーンアッシュだけだった。
当時、ウィッシュボーンアッシュは、レッドやローリングストーンスほど認知されていなかったが、私もすっかり彼らの音楽が気に入ってしまった。
よく彼の住む4畳半一間のアパートの部屋に遊びに行った時、よく聞いていた「Phoenix」。
そんな彼との別れは、18の9月のことだった。
バイク愛好者の彼は、私と合う約束の日に、シングル盤のレコードをくれると言う約束をしていて、新宿東口交番の前で午後3時にナナハンで乗りつける予定になっていた。
だが、約束の3時に彼は姿を現さなかった。
10分過ぎ、30分過ぎても、一向にくる気配はない。
痺れを切らした私は、今の世の中なら携帯で連絡してみるところなんだろうけど、当時はそんなものもない時代だったので、すっかり膨れっ面になり、家に帰った。
「さっきT病院から電話があったよ。」と、母に告げられ、どうして?と聞いたら、Yが交通事故にあったと言う。
どうしても渡したいものがあるのだと、当人が電話するよう頼んだのだと言う。
すぐさま、T病院に駆けつけたが、Yは手術後の麻酔のために昏睡状態。
看護婦さんから、「Yさんが搬送された時に、これをあなたにと。」と手渡された所々破れたプレゼントの袋。
開いてみれば、中に入っていたのはウィッシュボーンの「Persephone(永遠の女神)」。
しばらく傍に付き添っていた私に、やがて目覚めてから、「これをルミ子にあげたかったんだ!」とかすかに微笑んでいたY。
ハードロックなのに、あまりに優雅なロマンティシズムに感動したのが、鮮烈に心に残っている。
やがて退院したYの部屋で一緒に聞いた時、Yに「俺たちいつまでも付き合ってような!」と言われた光景の残像が今でもダブってしまう。
Yは、それから半年後に再度バイク事故を起し、死んだ。
だけど、私の心の奥底の「ウィッシュボーンアッシュ」は「永遠の記憶」に違いない。
まるでこの、“Persephone”のように。