かつて、私の母が父と離婚したのは、私が14歳の9月だった。
このブログを開設して初めの頃にも述べたが、
私の父は北陸地方でも有数の大金持ちの御曹司であり、
四代続いた血族結婚の末裔だったが、
父の代に父は母と族外結婚をしたのであった。
「濃くなりすぎた血は、遺伝子を狂わせる。
でも、お母さんのように他所から嫁にきたものの遺伝子が
入り込むことで、偏った遺伝子が薄められ、
子供の繁栄に繋がる・・だからお前は優秀なんだよ、
優秀に生まれついたのだから、更に優秀になるんだ!
そして何時の日にか必ずや、お父さん方の一族を見返しておやり!」
母はいつもこう言い暮らしていた。
それを言うときの母の表情はまるで、
遥か彼方、時空を超えた彼方を見つめる如き目を・・
幼い私にも、そう感じさせてしまう表情だった。
同時に私は、父を心から怖がっていた。
父はきっと、平気で人を殺せるに違いない・・
そう、思い込んでいた。
自分が優秀なのだとは、夢にも思わなかった。
今でも、人間なんだから優秀な所の1つぐらいは
あるだろうけど、だからって、
母が言うみたいに優秀じゃないだろ?と思ってる。
確かに学校の勉強は、理科とまたその反対に、
美術の成績が飛びぬけて良かった私。
ちょっとでも成績簿の点数が悪いと父は、
鼻血を出し、身体中が内出血だらけになるほど、私のことをぶん殴った。
おまけに父が働かず、母1人過酷な労働に
明け暮れていたことや、父の影響で自閉症に
なってしまったことを理由に、
学校では酷い苛めにもあった。
調理師で働き続け、いつも粗末な身なりの母までもが、
嘲笑の対象にされた。
何時の頃からか、私の中では、
他人に対する「復讐心」のような感情が
芽生えて行ったのだった。
「復讐心」を持っていたから、
何年もの間、苛めを克服する為の努力を惜しまなかった。
自分を苛める奴等への激しい憎しみを、
人前で物怖じしない「勇気」へと転換させたものだった。
だから今、大勢の人の前で大きな声で話すことは、さして苦にならない。
デブと言われた口惜しさを、過激なダイエットに発散させた。
だから今は、大喰らいにも関わらず、あんまり太らなくなってしまった。
苛める奴等の言いなりなんて、プライドが許さない!
だから奴等には飛び切り冷静に、
飛び切り明確に意思を示してやろうじゃないか。
その結果、人を苛めたり馬鹿にすることでしか
自分の気持を晴らせない連中から警戒され、恐れられるようになった。
気がつきゃ、自分も50を過ぎた。
私の中に棲みついているインナーチャイルドは、今まで書いてきた内容のことを、
たまにクッチャベリやがる。
そんな出来事や気持は、生きてればあって当たり前だろうが!
な〜にを、自分がいかにも苦労してきた、みたいなこと、喋ってやがる!?
バカか、お前は〜!
人間は、自分の中のインナーチャイルドの厳しい父と母でい続ければこそ、
明日を生きられるんだ。
過去に於ける、これらの経験は、この人生を生き続ける私に、教訓を与え続けていてくれるのだ。

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