「なに言ってるん?なんかの間違いだろうよ。領収書見せるか?チビ烈よぉ、オメェ使い込んだか?うちの従業員は金目にうるさくてな。未納は有り得ない」
水曜日の開店前、馬券で憂いをまとってショボ暮れどおしの放蕩マスターが、床掃除に精を出していたときにやってきたのがビルのオーナー会社の社員。
初対面の若い男が二人。
「VICIOUS(ビシャス)さんのテナント料は一度も納入されていません。確認されてください。私どもは東京から、ある決定を持ってやってきました。3月中にテナントを明け渡してもらうことになります。不服な場合は訴訟されていただいて結構。管理運営会社が先週末に事実上、倒産しています。当社の顧問弁護士とも協議した結果、当社には"かし"がないと判断しています。ビシャスさんと管理運営会社との問題ですね」
「あんたの会社と直接契約したらいいんじゃないか?債務は近日中になんとかする」
「せっかくのお話なんですが…なにぶん本社の決定でして。なおかつ外資系なものですから、そこらへんの融通性が…」
「ちょっと待ってくれ。今聞いた話だ。少しの猶予もないのか?」
「管理運営会社には再三再四…ですからビシャスさんと管理運営会社の問題だと申しています。月曜日に契約を打ち切って、すでにテナントの募集を開始して数件の申し込みがあります。3月中に退去してください」
すぐに管理会社、その社長の携帯に電話連絡するも不在。
「…悪いが…俺にはまだ、君らの言うことが信じられん。管理会社よりも君らを疑っている。少し確認する時間をくれないか…」
チビ烈にその日の営業を託し、管理会社の社長の自宅を訪れてみると、債務整理を任された弁護士が応対したので事情を説明した。
「山口は妻子を残して失踪しました。借金は相当な額で、あなた以外にも同様な被害にあわれた方が相当数いらっしゃる。あなたの場合は被害額がまだ少ないほうで、今後法律的に彼の財産を処分し、債権者会議を開催しますが戻る金額は微々たるものかと思われる」
目を見開き絶句する航介。
「俺の店の債務はどうなるんだ?」
「妻子には及ばないように手を打ちます。実質的な使用者だったあなたに債務が及ばないようにも配慮しますが、退去は免れ得ない」
「…」
まさかの展開に動揺する航介。
やっと開業にこぎつけた10坪のバーの退去を迫られている。
夜更け、藤子を連れ出し酒場へ。
瞬きすることなく、終始無言の航介を心配する藤子。
初めて見た航介の表情に困惑気味だ。
寿司屋で自分はほとんど口をつけず、藤子の食べっぷりをボンヤリ見ている。
航介が短期間修行したホテルバーに移り、隅っこの席でシングルコニャックをチビリとやっている。
何本目かの煙草をもみ消したときに航介が事の顛末を包み隠さず話した。
藤子は航介が他人を責めずに自分を責め、同時に恥じているのを知って、不思議なことに誇りを感じたと言った。
「次のテナント探さなきゃ。忙しくなるね。とりあえず私達の貯金は300万円あるから…。あとはお父さんに相談してみようかな」
「俺、30万ある。それに明日、仲間に相談してみるよ。お父さんに心配かけるな」
「"俺は永くロブ・ロイと呼ばれた男、世話することはあっても、世話にはならねー"なんでしょ」
「お粗末な事になってスマン」
「風俗以外ならなんでもするよ。アタシを売り飛ばしたりしないでね。誰も買わないかぁ」
努めて明るく振る舞う藤子。
「山口を見つけ出してもどうにもならんし…商売向いてねぇや。チビ烈に悪いなぁ」
「アノコも独立するキッカケになるんじゃない?ほとんどのことできるし」
「そうかもな…しっかし詐欺られて…参ったな…」
「まずは飲もうよ」
「あぁ…」
金曜日の23時、おでん屋"波止場"。
ヒロ坊、水道屋の晴彦、美術商ジャンパパ。ナバちゃんの先輩の神田もやってきている。
それぞれ航介の事情を聞いて神妙な面持ち。
「ニィヨン(北24条界隈)戻るかぁ…」
酩酊している航介がうわごとのように…。
ダメージは計り知れないもののようだ。
「よぉ…ヒロ坊よ。チビ烈は頼むぜ」
「えぇ…こっちこそ助かります。ちょうど人手を探していたんで。凛果さんなら完璧です」
「助かる?ちょうど?…俺が詐欺られて助かるって言ってるのか?」
アゴをシャクリあげる航介に恐れをなすヒロ坊。
泣きそうな顔つきで懸命に謝罪する。
航介の四方八方への八つ当たりに戦々恐々としている仲間達だ。
口を真一文字にして航介を凝視するのは大沢。
カウンター越しに
「大将、そんなこっちゃ見損ないますぜ。すぐにテナント見つけなよ。大将の鳴らす音や、勝手に選ぶ酒、トークを待ちわびるお客様のためにさ。俺らはもう、この商売以外はできやしないんだから急いだほうがいい。ニィヨン?いったい何のつもりで言ってるんだ?」
「ほぅ…」
と言ったきり、酔眼朦朧の航介は大沢をガメリ入れている。
それを引かずににらみ返す大沢。
それを目の当たりにしたヒロ坊は、またも泣き出しそうになっている。
晴彦は平然と事態を見送り、競馬新聞を開きだした。
「アドマイヤとトウカイの一騎打ちだな。阪神大賞典は」
晴彦がそう言うと、航介が大沢を睨みつけたまま、
「アンタ、気でも狂ったのか?たとえ八分の出来だとしても、ポップロックが負けることはない。何年馬券買ってんのよ」
「岩田が惚れ込んでいるアドマイヤジュピタと調子良さげなアドマイヤフジ、長距離は滅法強いトウカイトリック。おもしろくなりそうだぜ」
「そったらへなちょこ…笑わせるな。強い者は強い。フィギュアスケートの真央ちゃんみたいなもんよ。へまをしようが貫禄勝ちってとこさ」
「その自信を自分自身に向けたらどうです?ロリコン大将」
「黙っとれ。オメェが熟女に向かうのは、稚拙な攻めを補うために感度豊かな熟女が必要なんだべや」
また始まった。
「自分こそ、青い肢体を開発した気になって、悦に入るだけだろっ」
「テメェ…俺をバカにするのはいいが、俺の技を侮辱するとは…許せん」
「アンタこそ熟女を笑いやがって…ポコチン切り取ったるわ」
「なんかちょっと興奮するべや」
「そろそろ表にでましゅうかのぉ」
「ほぅ…いい度胸だ。また自衛隊で仕込んだ幼稚な拳法でも披露すんのか?」
いよいよ泣き出したヒロ坊。
航介が立ち上がると、大沢も前掛けをほどいた。
心配なヒロ坊も立ち上がると
「ほっとけ。ふざけてんだよ。いつものことだ」
慌てて表に出たヒロ坊。
航介と大沢が肩を組んで、ススキノ歓楽街へ向かって行った。
早足で後を追い、必死の形相で航介に近づき
「大将、スプリングSは?」
航介がヒロ坊の肩を組み歩きだした。
「おまえら、あんがとな」
まるで
ふざけどおし
●阪神大賞典(GU)
阪神競馬場T3000m
◎ポップロック(武豊)
単勝5万円
複勝10万円
●スプリングS(GU)
中山競馬場T1800m(3歳)
ケン(見送り)
●フラワーC(GV)
中山競馬場T1800m(3歳牝)
ケン

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