テメェが築き上げたウイスキーバー「ビシャス(背徳)」を、客だった大学生連中に譲り渡し、その親たちから譲渡金をたんまりせしめた航介。
その資金を持って札幌の郊外にある定山渓温泉街でのカフェ&バー経営を志向していたのだが、状況が一転。大学生連中が持ち崩したって話。
ビシャスの旧いテナントビルの大家が、定山渓で畑仕事に精を出していた航介を訪ねてきた。
なんでも、その親御連中が店の買い取り手を探しているらしく、その大家を頼ってきたんだとか。
開業時には、ずいぶんと宣伝広告をかまし学生を中心に盛り上がっていたらしいが飽きられ、高級酒の安売りも最初は有り難がられたけども飲食店としての接客のクオリティに問題があったのか結果的にリピーターにつながらず、単にカモられたという結果。
最後に女学生を擁してクラブ化傾向を打ち出したのだが、近隣店と大モメ。
事業や商売を興していた親御連中の耳に入る程となり、半年と保たず閉店の運びってこと。
すぐに、そのガキ共と親御連中を半ば強引に呼び集め、近隣店と揉めていたことを責めたてたんだとか。その喫茶店の女性店員が逃げ出してオーナーを呼ぶほどに怒鳴り散らしていた航介。その場で元ビシャスと店内内装、高級酒を含む酒類の無償での譲渡を決めさせたんだとか。また、航介がビシャスに戻ることにより新事業に大きな支障が出たこともあって、それらの金銭的な保証も約束させた。
それらのことが、2月の末の話。
3月の末には航介の懐きわめて裕福で、そんなときは馬券も好調だったそうな。
5月にオープン予定のカフェ&バーの準備と並行しながらビシャスに復帰したのが4月。
もともとの客に連絡を取り付けていたから、まぁ、順調な滑り出しといったところか。
週末には航介一味も深夜に参集し、以前となにも変わらない。
おでん屋「波止場」の店員、大の字が土産のおでんを航介に渡しながら、
「今週も大将に乗ってればいいんだから、コッチは楽ちんですわ」
カフェバー「ビーハイヴ(蜂の巣)」のヒロ坊と公共機関で水質保全の仕事をしていることから「水道屋」と呼ばれている晴彦の本命をワイドの相手にして、ここんとこ航介と共に大きく潤っている大の字の声は、すこぶる大きい。
それにしても、年が明けてからの航介の馬券の精度は素晴らしいそうだ。なにせ単勝が決まるらしい。
先週こそ三着だったものの複勝で勝利。大の字は1着馬が本命だったヒロ坊と2着馬が本命だった晴彦に従ってワイド2点買いが2点とも的中で、またもや大きく潤っている。
「大将、マイラーズCのイメージは掴んでるんですか?」
とヒロ坊。
年が明けてから、定山渓温泉で冬場は仕事が少なくなる知り合いの家具職人と共に借家の改装作業を、ほぼ毎日していた航介。週末には一味の店に顔を出して馬券を検討していたらしいが、なにせ仕事第一で馬券は二の次だったとか。そういうときの方がパコパコ当たるってのが面白いね。
「ウーン・・・ペースが問題だなぁ・・・逃げるのが小牧太のシルポート、勝つときは程よいスローペースを演出するんだがなぁ。ここ2走では暴走とは言わねぇけど速いペースで逃げてるから、変なクセがついてるかもなぁ。外枠だしよ。それがなけりゃ、調教映像が良かったからコイツで勝負してもいいんだがなぁ・・・」
んで、航介がおもむろに財布を取り出して万札を数枚取り出した。
「なにも大枚勝負する流れじゃねぇわ。さらっと期待している馬の単複を買えばいいって話だ。明日も現場行くから誰か買っといてくんな。6万5千円あるわ。アンタらの本命は?」
「アパパネだろう。ブエナビスタと勝負するって言ってんのに、この程度の男馬には負けられんだろう。たとえ8分のデキでもモノが違うんだよ」
牝馬で財を成してきた水道屋の晴彦らしい見解を披露する。
シェリー樽の軽いシングルモルトをストレートでやっていたヒロ坊が、それにゆっくり口をつけながら、カウンターに広げてあった競馬新聞をちょっとだけ引き寄せる。
「リーチザクラウンで征こうと思ってます。調教がいいのと、内枠から先行できればと思ってるんですが・・・ここで馬券にならんようだったら、この馬も、武豊も終わりと考えていいんじゃないでしょうか。外枠から来る逃げ馬を行かしてピタッとついて折り合えば・・・4コーナー馬なりで抜けて来られれば勝てます。ちょっと条件が多いんですが、この馬、強いと思うんです。なんとなくダイワメジャー的な・・・ここから安田記念でも好走できれば秋は相当期待できます」
航介が何度もうなずいて聴き入ってる。
「オレも同じ見解を持ってる。鞍上が変わればと思っているんだがな。勝ちきるまではどうかと思うぜ。早めに抜け出すけども、今回は差されてしまうってイメージがあるな。安田記念でこそって感じがする。ワイドの相手としてはいいね」
「大将の本命って?」
大の字が問うと、もったいぶっていた航介が髪をかき上げてカッコつけた。
「福永のゴールスキーでいいんじゃないだろうか。あの捕食動物っぽい走り方は相当なモンだと思うぜ。ここはしっかり勝っておかないと安田記念も出走が危ういだろうし。なんでも今日のレースのほとんどがインを通ってきた馬で決まったそうだぜ。インを捌いてくる馬が狙い目なんだってよ。だがな、明日のメインレースの頃には外差しで決まるようになるぜ。あんまり速くない流れの中団で折り合って、直線で外に出してやりゃ決まる。福永は勝ち気にはやる馬をなだめるのに長けている騎手、直線は馬が勝手に走ってくれるさ。」
航介が断じると、しばし間があいて各々がグラスに口をつける。
乗りの3連単馬券師、大の字が口を開いた。
「もう2,3頭、有力な馬はいますか?」
「ライブコンサートとかもいいんじゃねぇか。逃げが嵌ってのシルポート、ショウリュウムーンとかだって勝ちきる力はある。穴っぽいところでキョウエイストームなんかが外から追い込んでくるとか」
土曜の深夜に、喜々として競馬話で盛り上がる中年3人と若者1人。
日頃やることやっている輩の唯一の楽しみが、実になったときの悦楽は哲学に値するかな。
●マイラーズカップ(GU)阪神S1600m
◎ゴールスキー(福永祐一)
単勝2万円・複勝4万円

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