Hello!!Guys!!  THE DAY OF REBEL

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2009.8.14(Fri) LIVE AT 拾得

Non Stop!!Beat Goes On!
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2009/6/15

頭脳警察★DEAD FLOWER 移籍記念  THE DAY OF REBEL

6月14日(日) 京都 COFFEE HOUSE 拾 得

まだまだ外は明るい夕方6時にライブはスタートした。こんな超満員な拾得は初めてだ。後方カウンターすみのトイレの入り口にまで立ち見のお客さんでごった返している。老若男女、様々なファンがひしめき合ってる。第1部は響のライブ、途中20分の休憩をはさんで第2部は頭脳警察のライブ、2部構成で約3時間にわたるライブだった。

僕個人的なトピックスとして

@「プラハからの手紙」ノーカットオリジナル響バージョン
A「母への花束」PANTAボーカル・バージョン
B「赤軍兵士の歌」オリジナルフルバージョン
C「落ち葉のささやき」オリジナルフルバージョン
D「時代はサーカスの象にのって」オリジナルフルバージョン

以上が聴けたことと、何と言っても「万物流転」が聴けたことが大収穫だった。
とくにDは初めて聴いたけどCと同じような構成で途中、PANTAの演劇めいた語りが入る超ロングバージョンだ。なんでもPANTAはまもなく公開される映画、松山ケンイチ主演「カムイ外伝」で、悪役で出演してるらしい。役者としての経験がこういう歌にも生かされているのかもしれない。

ライブはPANTAの語りを交えて淡々とすすむが、「悪たれ小僧」で大爆発。頭脳のライブはこうでなくちゃ!結構、年配の女性(おばぁちゃん)が娘さんと来ててそのおばぁちゃんがステージ脇で大盛り上がりでダンス!!Toshiもソレ見てびっくり!ステージを去り際にPANTA&Toshi御両人に熱い抱擁のご褒美がありました(笑)

そんな心温まる場面もあり、お腹一杯のライブに大満足でした。そうそう拾得に一番近い¥100パーキングで僕の車を駐車した横には「所沢」ナンバーの車(PANTAの車?)がありました。(これ、けっこう嬉しかった。)


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今年はNEWアルバムの発売もあるし、なんと5時間を越えるドキュメント映画の公開にあわせてLIVEも京大西部講堂で2DAYSあるらしいし、ちょっと楽しみな秋になりそうです。
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2009/6/1

GIG 2009 HELLO NEW GENERATION TOUR  THE DAY OF REBEL

★5月30日(土)京都 MUSE

NEWアルバム「CULTURE KILLER」を中心にほぼ、2000年以降に発表されたナンバーで埋め尽くされたライブだった。それ以前のナンバーで演奏されたのは5曲にも満たなかったと思う。(R&Rライダー、THE PUNK、BLACKGUARDANGEL・・・ぐらいかな?)まさにツアータイトルどおり、新世代に向けて、新たなるPUNKナンバーを中心に展開されたライブだった。「CAMPHOR INJECTION」なんてもうすでに定番曲として最高潮のノリで演奏されていたし、お馴染みの曲以外の客のノリはイマイチなんて減少は皆目見られなかった。すでに消化済みということか。「I SHRED!!」もそう、この曲でHIKAGEさんは自らの身体をナイフで切り刻むようなアクションをするのだが、これがもう身震いするほどかっこいい。僕のような同世代の人間に対してこのような感情を抱かせることはほんと難しいことだ。常に「最前線」。「なにより今がすべて。」歌詞をそのまま人生において実践し続ける男に対して、リスペクトを惜しまない。

秋以降のツアーは「OLD GENERATION TOUR」と銘打って行われるのできっと往年のナンバーが中心のライブになるのであろう。これはこれで楽しみである。



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2009/5/3

忌野清志郎の魂  THE DAY OF REBEL

★忌野清志郎が、がん性リンパ管症のため死去した。58歳。

06年7月に喉頭(こうとう)がんと診断され入院。治療を続けた後、08年2月に日本武道館で本格復帰した。しかし、同7月、左腸骨にがんが転移していたことが判明、再び活動を中止し放射線治療などを続けていた。

自らの病を「ブルース」と称し、戦い続けてた清志郎、去年の復帰武道館公演での見事な復活劇は不死身のロックンローラーとして我々に感動を与えてくれたのだが、今回も絶対、現役に復帰すると思ってただけにショックだった。

今から28年前、僕は彼を初めてライブハウスで観た。ドアが閉まらないぐらいの大盛況で、僕はその一番後ろで、観てた。清志郎がジャンプしたときにしか、僕の視界には彼は入らなかったけど、RCサクセションの一番、凄い勢いづいていた時期のライブを体験できたのだった。その年の暮れには武道館公演も行っていたぐらいだから。

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その後、大学の文化祭、京都会館と、合計3回、RCサクセションを観た。
やはり言葉が理解できるロックの熱狂は欧米のそれとは比べ物にならないぐらい、気持ちを駆り立ててくれる。「ボス、しけてるぜ」が勤労成年の労働意欲を削ぐという理由で銀座方面で放送禁止になってえらい怒ってた清志郎。反原発ソングのリリースを中止にしたレコード会社に見切りをつけ、移籍した清志郎。夜ヒットの生放送でガムを噛みながら唄い、大ひんしゅくをかった清志郎。ソロ以降は「パパのうた」とか、ちょっと大人しくなったけど、僕にとってそれはPUNKでもあり、ROCKでもあった。そしてロックを一般民衆レベルにまで広めた功績は後からの世代にはっきりとした道を築き上げたのだった。


今夜はやはり「ラプソディー」あたりを聴いて彼の思い出に浸りたい。
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