
おおぜいの人達の歩く登山道で、やかましいくらいの熊鈴の音。
「あいつらはどうかしてんじゃないのか?」っていつも思う。
道の無い渓流や山菜とりには有効なアイテムだろうけど、薮も歩くことのないハイカーにそれほど必要なものとも思わないし、10人パーティが10人ともザックにぶら下げる必要性はないでしょ!「あ〜ぁ、やかましい!」
あの音のおかげで周りの気配なんか感じることなんか出来ずに、すぐ後ろを歩く他パーティの存在にすら気づかずに歩き続けている人もいるくらいなんだから。
とにかく感性のアンテナを四方八方に向けて歩くことが出来ないんなら、いくら熊鈴をぶら下げていたって何もならないんじゃないか?
相手に自分の存在をアピールするのは大切なことだけれど、相手の気配を感じとろうとする姿勢も大切なのだ。
一方通行の信号を送り続けるだけの行為は責任を自分以外に求めるエゴな現代社会に通じる。
せっかく自然の中にはいるのだ。双方向の気配のやり取りをするのもいいんじゃないだろうか?
きっと熊鈴は登山の入門本の中では“必須アイテム”となっているのだろう。
「馬鹿なはなしだ!」
そもそも地形図にくっきり表示してある人気登山道で、熊に遭遇する可能性は低い。
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