成人して仕事をして
初めて様々な人に出会う
それはバイトでもなく
本職として向き合うときに
初めて小鳥が親からもらう餌をついばむ様に
本当に心から虚心坦懐で先輩からの教えを頂かせてもらう。
それは今は20数年前の出来事で
僕が初めて本当の仕事として向き合い
そのなかで今もなお心における先輩として
揺ぎ無い一人の方を紹介したいと思う。
その方はちなみのAさんという方…そのまんまだが(笑)
Aさんは僕のひとつ上の先輩で僕とは違う仕事に就いていた。
勿論、普段の接点はあったがこれといって仕事で注意されることのない
いわゆる話のしやすい兄貴といったところだろう。
Aさんは普段はシフト勤務で
めったに常勤にはならないが
それでも常勤の僕を飲みには誘ってくれたり
僕の野球の試合の応援をしてくれたり
スキ−とかでもシフト勤務にもかかわらず
眠たい目をこすりながら
車のない僕をスキ−場まで連れて行ってくれたりもした。
それに何よりも同期のやつよりもとても可愛がってくれた。
それは何ゆえにそこまでしてくれたのかは分からないが
今もって思えることは故郷にいる実の弟以上に手が掛かったからなのではと思っている。
そんなよくしてくれる先輩に
とても心無いことをしてしまったことを
未だに後悔していることがある。
それは酒を飲んで勢いに任せて
Aさんをぶん殴ってしまったことだ。
周りの人たちは
殴るといった行為に腹を立て
大騒ぎになり
他の先輩からの
袋叩きの様相を見せていた。
しかしAさんは
他の人達を制止し
「OHAMARO…表で話おうじゃないかと」
そう言うと
Aさんは
「お前のやった行為は、俺以上にみんなが納得いかない
だから、お前の殴った分だけ俺はお前を殴る」
といって俺の頬にパンチを繰り出した。
それは予想をはるかに超える
究極の猫パンチだった。
無防備の俺に
骨に当たらない
心の入らない
猫パンチを出した。
それからというもの俺はAさんの優しさに
尊敬の念の対象にしか見ることが出来なくなっていた。
ところが、そんなAさんとの付き合いは
それから2年と経たないうちの終わりを遂げる。
それはAさんの
母親の不幸により
故郷に残された父親と弟の
面倒を見るためだった思う。
最後のときのAさんは笑顔でおり
泣きはらす同僚や彼女にも最後まで自分の弱さを見せてはいなかった…。
それから数年様々なことと様々な時間が過ぎ
時々彼の住む北海道にへと遊びに行く。
Aさんは4人の父親となり
小学校のPTA会長の要職にも就かれている。
そして少年野球の監督までもをされているということであれば
彼の人望以上の能力が他の人たちにも評価されているといったところなのだろう。
今年の春に再び再会したときにも
本当に嫌な顔もせずに付き合ってくれました。
そのときのエピソ−ドを一つです。
僕がHOTELへ戻ると
フロントから
Aさんという人から
「鍵を預かっています。」
???っておもって携帯を見ると
「こっちで車がないと不便だろ、だから自由に使ってくれ」
って車を置いていってくれました。
Aさんはどれだけ僕を信用してくれているの?
もう帰ってから家族全員で絶句です…(涙)
こんな裏のない
まっすぐな人を好きになって本当によかったと思います。
Aさんのようになりたい
そして彼のような人格者になって欲しい
だからそんな僕の息子の名前はAさんと同じなのです。
夏に挨拶にいけなかった先輩に向かって
日頃口先だけで権力者にだけ、そして自分のためだけに
生きる輩に疲れ果てた自分に対しても
今一度Aさんの素晴らしさを思いかえすために記事にしてみました。
こんな素敵な先輩に
連絡取れずじまいです
でも僕は元気でやってます。
お体に気をつけて頑張ってください!by OHAMARO
※ 画像は大好きな先輩からもらったお土産です。
ただ2本とも二日で無くなりました(笑)全部嫁が…です(笑)
