16日、夜に崇左到着。
翌朝、広西HANDAの車に乗って、扶綏の快復村を訪れた。
扶綏の町から村へは平坦な道が続き車や原付三輪車で入ることができるが、町からは15kmも離れていた。
↑村の入り口にて、正面に立っているのが村長さん
↑2005年に彼らの家屋は新建築された。支援団体が記載されている。
建設時期:1956年
村人人数:10人(男性8、女性2)
平均年齢:約75.7歳(64〜89歳)
政府補助:175元(内医療費35元)/月
他の経済収入:鶏、鴨、兎等の家畜と芋、砂糖黍等の穀物
水電:共に有り
いつも通り、早速HANDAの義足、仕事を始め、私は村を回り、村人と話す。
↑村人の義足を作る広西HANDAのレゴ、彼の快復者や仕事に対する態度は尊敬できる。
この村は1年ほど前から北京の国際高校の学生がハビタットのワークキャンプ活動に参加している。学生達は長期の休み毎に村を訪れ、村人の家畜が盗まれないように煉瓦の塀を建てていた。
ハビタットのワークキャンプの写真を見せてもらうと私達のワークキャンプと同じようにみんな楽しい笑顔をしてワークや村人と接してして、村人たちも楽しそうに学生達のことを話してくれた。
↑ハビタットの活動に参加した北京の国際学校の生徒達が作った煉瓦の塀。家畜の盗難を防ぐために、村は塀で囲まれている。
他の村と比べて補助金が比較的高いことや、ハビタットの活動、他にも団体や企業の支援等もあり、娯楽室にはテレビやDVDなども揃っている。
HANDAのレゴが義足の製作しているときや、潰瘍のケアをしているときもおしゃべりが絶えず、村人達もとても明るいのが印象に残った。
↑乾燥芋を切る村人、500gで8角(約13円)の収入になるそうだ。
↑毛沢東の言葉が書かれた道具。昔はどんなものにでも毛沢東の言葉を書いたそうだ。
村には骨董品のようなものが散在していた。

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