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    <title>Mr.モナカのオーストラリア通信</title>
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    <description>Mr.モナカのオーストラリア通信</description>
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    <title>心の中にある地図（２）</title>
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    <description>心の中にある「地図」

私たちは現実を自分のもつ「現実の地図」（Map of reality: パラダイムといったり、マインドセットといったりもするそうです）を通して理解します。しかし、多くの人は、「地図は現実の土地とは異なる」ということを自覚しないで、自分の心の中にある地図が現実を１００パーセント表していると思ってしまいがちです。たとえば、自分のもっている「地図」が、人間どうしのお互いのつながりを軽視、ないしは深いレベルで意識できないものであると示している場合、その人の実際の言動はお互いが関係なくバラバラに...</description>
    <dc:date>2007-07-09T21:42:00+09:00</dc:date>
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    <title>心の中にある「地図」（１）</title>
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    <description>はじめに

ごぶさたしました。モナカ寅次郎こと、野中恒宏です。ここマウントアイザは冬です。雪や氷こそありませんが、朝晩10度ちょっとの気温でブルブル震えながら、夏に向かってまっしぐらの日本のことを思い浮かべながらこの文章を書いています。具体的にはがぶ飲みしたビールのジョッキや焼き鳥や居酒屋を思い出しているのでございます。こちらにきてから飲まなくなりました。もともと年間を通じて暑いのがあたりまえの土地なので、冷たいビールには都合のいい町ではあるのですが、まったく飲みたくなくなりました。今思えば、私...</description>
    <dc:date>2007-07-09T21:40:47+09:00</dc:date>
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    <title>「武士の一分」に学ぶ愛の本質</title>
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    <description>はじめに

2007年1月8日。5年ぶりに帰国した私は新宿の映画館でスクリーンを観ながら涙をとめることができませんでした。私の敬愛する山田洋次監督の最新作「武士の一分（いちぶん）」を観られたのは、私にとっては奇跡のようなひと時でございました。それは長く豪州で暮らしていても、心の中には山田監督と共通するものがまだ自分の心に流れていたことを発見することができた喜びであったのかもしれません。


武士の一分

日本にいた時分は、毎年正月になると同じく山田洋次監督の「男はつらいよ」を観にいったものでございます。毎...</description>
    <dc:date>2007-01-21T23:09:41+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://star.ap.teacup.com/mrmonaka/49.html">
    <title>プロアクティブに生きる（２）</title>
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    <description>５．プロアクティブな生き方

私が出会ったその家族と忍術の師範から共通に学んだことはプロアクティブな生き方でした（日本語ではプロアクティブは「主体的」とか「能動的」と訳されますが、どうもしっくりこないので「プロアクティブ」で通したいと思います）。つまり、何が起ころうと、自分の感情や周囲の状況に押し流されずに、自分をコントロールして、やるべきことをやる生き方とでもいいましょうか。つまり、常に言動の規範や価値基準を内面にもち、それをもとに外に向かって出していく姿勢をつらぬくことです（インサイドアウ...</description>
    <dc:date>2005-03-18T21:43:27+09:00</dc:date>
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    <title>プロアクティブに生きる(1)</title>
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    <description>１．はじめに

ごぶさたしています。ずいぶん長い間通信を中断していました。別に長い間病気だったわけでもなく、落ち込んでいたわけでもありませんでしたが、何人もの方からありがたくも通信について再発行のご要望をいただきましたので、ふたたび発行することにいたしました。今後ともよろしくお願いいたします。ところで、早いもので私がオーストラリアに来てから５年目を迎えました。今回は「こういうふうに生きてみたいなあ」と思えるような人々との出会いを中心に書こうと思います。


２．また大平原のど真ん中で

昨年の１１月...</description>
    <dc:date>2005-03-18T21:42:12+09:00</dc:date>
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    <title>自分の身体をとりもどせ！−「バカの壁」をこえて−（２）</title>
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    <description>４．自分の身体を取り戻すために：勇気をもって〈対抗文化圏〉を創造する

&amp;nbsp;自分の身体を取り戻し、個性的な自己表現の経験をするためにはどうすればいいのか。養老孟司氏は、どのように身体性の回復を志向しているでしょうか。養老氏が「バカの壁」の続編としての「死の壁」（養老, 2004）で提案している身体性回復の方策は、なんと「参勤交代制」の導入です。日本人はまじめすぎるから、身体を動かせ、どこかに行きなさいといってもそうはしないだろう、だったら制度で身体を動かすことを強制するしかないんではないかとい...</description>
    <dc:date>2004-07-17T17:21:16+09:00</dc:date>
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    <title>自分の身体をとりもどせ！-　「バカの壁」をこえて-　（１）</title>
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    <description>１．はじめに

&amp;nbsp;私の住むマウントアイザは人口約２万４千人の鉱山の町で、土地の大部分は赤茶けた土と岩で占められており、農業にはおよそ向きません。さらに、農業のできる土地からははるか遠くはなれているので、その日にとれたばかりの野菜を食卓に持ち込むのは不可能だと思ってきました。ある日、近所の人が庭で家庭農園をつくり、そこでとれたプチトマトをご馳走してくれました。そのおいしさときたら、舌の上でとろけるような甘さでした。マウントアイザで採れたての野菜が食べられるなんてとちょっとした驚きでした。...</description>
    <dc:date>2004-07-17T17:19:04+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://star.ap.teacup.com/mrmonaka/4.html">
    <title>今を生きてみる（２）</title>
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    <description>５．最近のオーストラリアのニュースをみてみると


&amp;nbsp;誤解を受けないように確認しておきますが、私は今を生きるということは刹那的になれ、何でも衝動的にやれということではないと思います。最近のオーストラリアのニュースをピックアップすると、残念ながら刹那的、衝動的に生きている人々の悲しいニュースが目につきます。たとえば、家庭内暴力のために親権を奪われた父親が発作的に生後まもない子どもを殺したり（5月18日）、ブリスベンのあるホテルで客が生きているねずみを口にいれたり食べたりする競争を売り物にして...</description>
    <dc:date>2004-07-02T17:27:09+09:00</dc:date>
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    <title>今を生きてみる（１）</title>
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    <description>1.　はじめに

&amp;nbsp;高速道路を100キロ近いスピードで走っていたときのことです。クルマが上下にガタガタ震動していることに気がつきました。道路はコンクリートで舗装してあるので、そんなに上下に振動するはずがありません。いったい何事が起こったか検討もつきませんでした。時間は朝の7時半。マウントアイザを離れてすでに約19キロのところを走っていました。遠くまで見える高速道路以外は、人工的なものは何一つ見えず、文字通りオーストラリア大陸の大草原が広がります。片道125ｋｍ、約1時間半の通勤の道のりを、いつもは...</description>
    <dc:date>2004-07-02T17:24:47+09:00</dc:date>
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    <title>わが娘のためにできること（２）</title>
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    <description>３．幸せになることは可能なのか

 では、痛みを乗り越えて幸せを目指すとして、幸せになることはいったい可能なのだろうか、という問題にぶち当たります。娘の幸せを真剣に考えた場合、いろいろ疑問がわいてくるのです。自分自身が幸せと感じればそれは幸せなのか、それとも人間にとって幸せには客観的な基準があり、それを満たさなければ幸せではないのか。もし個人がその人間としての幸福の基準を満たした場合、他に幸福の基準に達していない人がいた場合、それは本当の幸福といえるのか、などなど。

さきほど登場したアンソニーロ...</description>
    <dc:date>2004-04-14T17:34:23+09:00</dc:date>
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