はじめに
ごぶさたしました。モナカ寅次郎こと、野中恒宏です。ここマウントアイザは冬です。雪や氷こそありませんが、朝晩10度ちょっとの気温でブルブル震えながら、夏に向かってまっしぐらの日本のことを思い浮かべながらこの文章を書いています。具体的にはがぶ飲みしたビールのジョッキや焼き鳥や居酒屋を思い出しているのでございます。こちらにきてから飲まなくなりました。もともと年間を通じて暑いのがあたりまえの土地なので、冷たいビールには都合のいい町ではあるのですが、まったく飲みたくなくなりました。今思えば、私は日本でビールというよりも、その居酒屋の雰囲気や仲間との語らいに酔いたかったのかもしれません。
町の電気屋では、ヒーターが売り切れ状態です。出稼ぎの町、マウントアイザには、冬支度なしに多くの人がやってきている証でしょう。
見えない人間どうしのつながり
私たちは日常生活の中で、意識していないことが意外とたくさんあります。意識していないから、自分の発言や行動の結果がどうなるかを考えずに、無意識にいろいろやろうとしてしまいます。
ときどきインターネットなどで日本のニュースをチェックしますが、あまりいいニュースというのはないようです。今年は会津若松の高校生が「誰でもよかった」と自分の母親の首を切断する事件がありました。また、オーストラリアでも家に侵入した何者かが住民を殺害したり、交際中の女性に感情を逆なでされたことを理由に殺害するというような事件がありました。もし、こうした事件の加害者が本当に自分のしようとしていることがどんな結果を招くのか、それが現実的にどういう意味をもつものなのか、ということを前もってはっきりと意識することができていれば、こんなことは起こらなかったでしょう。
特に、人間どうしのつながりは目に見えず実感がもちにくい側面があるので、無意識にいろいろなことをやってしまったりします。つながりが見えにくいので、相手の人格や人権を認めないようなことも平気でやってしまうのでしょう。
どうすればつながりが見えるか
では、どうすれば、人間どうしのつながりをはっきり意識することができ、お互いにいい関係を築いていくことができるのでしょう。
私は学ぶことがそのひとつの答えだと思っています。学ぶということは、目に見えない様々なつながりを明確に意識する営みという側面を多分に含んでいると確信しています。自分と他者、自分と社会、自分と自然、自分と世界、自分と宇宙、自分と人生、そして、自分と自分自身のつながりが、学ぶというプロセスの中で、より明確に意識できるようになってくると思うのです。言い方をかえれば、自分自身に意識的になることで、自分自身の言動の結果が、どのように他者や社会や自然や世界や自分自身に影響を与えるのかが明確になってくると思うのです。その意味では、冒頭で紹介した事件の加害者は、そうした学習の場がなかった、あるいは、あってもそれを自分のものにできなかったといえるかもしれません。
学べば学ほど、様々なレベルでの人間のつながりが見えてくるはずです。学生として、労働者として、市民として、家族の一員として、日本人として、「宇宙船地球号」の乗組員として、歴史的存在として、生物学的存在として、類的存在として、人間として、エネルギーとして、等等。
すべてのものはエネルギー
ちょっと話が横道にそれますが、人間のつながりを違った次元で、意識させてくれる考え方を紹介させてください。最近、私はあることがきっかけで量子力学に興味をもつようになりました。量子力学の最新の研究到達によれば、われわれ一人ひとりが意識しようとすまいと、われわれは一つのエネルギーフィールドとしてつながっているそうです。何のことかさっぱりという方もいらっしゃるでしょう。私も今理解の途中なのですが、私が把握している範囲でいえば、こういうことになるそうです。
この宇宙、銀河系、太陽系、地球、人間、分子、原子、素粒子は、究極はエネルギーでできているということだそうです。そして、人間の思考や感情、日々の出来事も究極はエネルギーだそうです。そして、「エネルギー保存の法則」からいえば、総体としてエネルギーはなくなったり、破壊されたり、あらたに創造されることはなく、今ある形から別の形へ変化するという性質をもっているそうで、また、昔から存在し、これからも存在するもので、どこにでも存在するということです。こうしたエネルギーは肉眼では見えないのですが、ある特殊な顕微鏡でみると、一見単なる固体である人間の手のひらもエネルギーとして振動している様子が見えるそうです。
さらには、エネルギーというのはいつも振動(vibration)しており、特定の波長(frequency)を出しているそうで、同じ波長をもっているとお互いに引き寄せあい(例:テーブルの上にある水滴はお互いが同じ波長をもっているので、お互いが吸いついて一つになる)、違う波長をもっているとお互いを寄せ付けない(排除する)性質があるそうです(The Law of Attraction)。この後半部分の違う波長同士が反発しあうというところは一見、さきほどの宇宙に存在するすべてのものは同じエネルギーフィールドだということに矛盾するようですが、そうでもないようです。反発するエネルギー同士というのは、ある過程を通ってまた次の次元のエネルギーへ移行し、新たな形で一つになりうるというのです。私たちはこの過程を弁証法という言葉で理解することもできるでしょう。身近な例でいえば、相性が合わない相手と喧嘩して友情が芽生えたり、「え、なんであの二人が?」と思うようなカップルが結婚したり、お互いに建設的な批判をすることによりさらに研究の質が高まったりすることは珍しいことではないでしょう。
そうはいっても、どうしても一つにならない場合もあるでしょう。明と暗、こことあそこ、私と私以外、速いと遅い、重いと軽い、広いと狭い、好きと嫌いなど等。その場合もお互いに反対であるからこそ、それぞれの存在に意味が与えられるわけで、いわば相互補完的な関係であるということで、一つであると考えるそうです(The Law of Relativity or The Law of Polarity)。
要は、様々な現れ方をしても、この宇宙に存在するすべてのものはいろいろな形をとって一つのエネルギーフィールドの中でお互いに影響しあっているというのが結論のようです。それが、個人個人が知っていようと知っていまいと、存在する現実なのだということです。
以上は、人間どうしのつながりを意識するための一助になりうる最近わたしが学んだ考え方ですが、「だから何?」(So what?)という疑問が沸き起こった読者のためにもう少し、話を続けさせてください。
(つづく)

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