ゴールデンウィークも終わりました。
大阪に居て感じたこと。
車で30分も走ればいろんな遊び場がある。
どうしても利己的な欲に負けて行ってしまう。
うまい珍しいものが食いたい。買いたい。競馬もしたい。酒も飲みたい。
金がなんぼあっても足らん状態。
田舎に居て畑を耕し汗を流し、自然の景色の中で1個のおにぎりと一杯のお茶、そして夕方のビールに幸福を感じるのとどっちがいい?---実はどっちもいいんだけど。
稲盛和夫の人生の方程式にあった極楽と地獄は紙一重を参考に利己に走らず利他の心を田舎でこつこつと磨きたいと思います。
最近を思い返してみるに利他の心で取り組むいろいろなことが人的ネットワークを広げ活動の場を広げてくれているように思います。
Liberty、Intelligence、Our Nation's Safety .
We Serve
地獄と極楽は紙一重とは?(稲盛和夫人生の方程式より)
ある若い僧が老師に問うた。「地獄はどこにありますか?」
老師曰く「ぐらぐらと煮立つ大鍋でおいしい麺を長さ1mの長箸で食べる。この時の情景を想像すると、腹のすいた餓鬼たちは我先に長箸で食べようとするが口に箸が届くわけもなく結局最後にはけんかとなってしまい食べることができなくなる。このような状態が地獄である。」
若い僧「では極楽は?」
老師「極楽でも同じように煮え立つ大鍋に麺があり1mの長箸で食べる状況は同じである。ここではお互いが譲り合いの心を持ち、自分が箸で掴んだ麺を、前の人にどうぞお先にお食べくださいと口に運んであげる。そうすると前の人も箸で麺をつまんで私の口に運んでくれる。譲り合いの心で円満にお腹も満たされ心も満たされ幸福を感じる」
つまり紙一重なのだが違いは利己的か利他的かという点であるということ。