マニカナホームページ掲示板への投稿
論理は誰にでもわかると言いますが、「深遠な論理」は存在しないのでしょうか。
2654. 深遠な論理とは みみっく [URL] 2006/02/12 (日) 15:21
理屈と論理の関係について将棋を題材にした喩えを思いついたので、投稿します。
理屈(個々の論理)は「駒の動かし方」(誰にでもわかる)に相当するものであり、深遠な論理(論理体系)は「将棋の指し方」(人を選ぶ)に相当します。
つまり、駒の動かし方は誰にでも適切かどうか判断できると考えられます。しかし、将棋の指し方は実力に応じて判断が違ってくる上に自分より高いレベルの判断は説明されても理解できないことがあります。
私はアマ三段ですが、プロの解説を聞いても理解できないことも多いし、理屈がわかったから真似できるというものでもありません。プロも私も駒の動かし方は同じなのに、将棋の指し方はかなり違ってしまいます。これが「深遠である」ということではないでしょうか。
上級者の指し方を見ると何故そういう指し方をするのかさっぱりわからず、しばらくして結果を見るとああなるほどということがあります。自分より強い人同士が指しているのを観ている場合には最後までわからないのがむしろ普通です。論争もそういうところがあるのではないでしょうか。
そして将棋の指し方は、「勝利条件」(この場合は相手の王を詰めること)で決まります。しかし駒の動かし方を研究してもこの勝利条件は確定できません。公理として設定するしかないのではないでしょうか。以上です。