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51 名前: みみっく 投稿日: 2005-11-12 02:47:21 拍手 (0) (0) Boo!
>捉え方の違いでしかない
この「捉え方の違い」を哲学は問題(対象)にしているのだというのが私の見解です。
例えば、19世紀末に物理学が行き詰まった時、相対性理論や量子力学等により、新しい「世界の捉え方」が見出されます。これはそれまでの理論に対して明らかに前提(真実の在り方)自体が変化してしまっています。
つまり旧来の理論に対して、明らかに「現実の捉え方」が変ってしまったのです。これはもう以前とは違う「真実(哲学)」に基づいていると結論せざるを得ません。この「現実の捉え方」こそ「真実の欠片(事実)」そのものだと考えています。
哲学とは、「真実の欠片(事実)」を諸学問に提供するものであり、
諸学問はこの「仮の真実(公理)」を取り込んで発展するというのが私の見解です。
哲学の成果である「真実の欠片(事実)」は諸学問に「前提」として取り込まれて発展するのですが、これは必ず行き詰まりを迎えます。この前提は「真実」そのものではないのだから当然です。この行き詰まりが、哲学への刺激となります。つまり新しい哲学が要請されるのです。(これが相対性理論や量子力学の誕生を促したのです)
公理(前提)を疑うならば哲学となり、真実を追究することになるでしょう。公理を前提として受け入れるならば、そこから学問が始まる(成立する)はずです。
つまり「哲学」とは「現実から真実を見出すこと」なのです。これが「哲学とは何か」に対する私の回答です。これによれば「哲学を語る」ということは、「真実を語る」ということになります。他の学問は真理について語ることはありません。最初から公理あるいは前提という形で固定されているのですから、語る必要もないのです。むしろ真理について語りだしたら哲学になってしまうと言うべきでしょうか。
これは何々哲学という形のものを検証すれば確認可能でしょう。例えば恋愛哲学とは、「恋愛は最高の価値観である」という真実に基づいていたりしないでしょうか。経営哲学とは、経営者にとっての「経営の真実」を語るものではないでしょうか。そして宗教哲学とは、「その宗教にとっての真実」について語られているのではないでしょうか。そう考えれば「哲学とは何か」というのはむしろ簡単な概念です。
この見識から『「哲学」が諸学問に基礎を与える』ということの意味が理解できます。つまり、この「基礎」とは前提となるべき「真実」のことなのです。