事件の起きる数日前、その居間では親子が無邪気な遊びに興じていた。次男が発案したもので、そろえた両手に手ぬぐいを巻きつけ、間に結び目を作っておいて、これを口を使って解く、というものである。それだけを見るならば、まことに他愛ない遊びだった。
「すぐ来て下さい、兄が強盗に殺されました」
数日後の深夜、そう言って寝巻き姿の姉弟が警察に飛び込んできた。巡査があわてて駆けつけると、犯人はすでに逃走しており、長男が刃物で滅多突きにされて息たえていた。
母親のハマに事情聴取したところ、
「午前2時ごろ、30くらいの男が押し入ってきて、わたしに包丁を突きつけ、金を出せと脅したんです。60円ほど出して渡しますとそれをひったくって逃走しようとしましたが、騒ぎを聞きつけて降りてきた長男と賊がもみあいになりまして、男は息子を刺して逃げたのです」
とのことだった。
父親の寛は樺太で医院を経営しており、事件当夜もこの家にはいなかった。
犯人の手がかりはつかめず、捜査は遅々としてすすまなかった。その間に、徳田一家には多額の保険金がおりていた。
一方警察は外部犯行説から、内部犯行説にかたむきはじめていた。強盗ならば一突きしてすぐに逃走するものだが、これほど滅多突きにするのはありえない。それに侵入経路も不明だ。さらに父親の寛の女癖が悪く周囲の信用がないこと、医院の経営がいきづまっていたことなどから、保険金殺人の疑いが濃厚になってきた。
最初に自白したのは長女だった。
「兄さんは学校にも行かず遊んでばかりで、かたっぱしからなんでも質に入れて、わたしたちは着替えにもこと欠く有様でした。父さんも女癖が悪くって、お医者の仕事もうまくいってなかったし――それにいつもあんな出来の悪いのができたのは、生まれの悪いおまえのせいだってお母さんをいつも責めてました。お父さんが兄さんを殺そうとしたのは、これが初めてじゃありません」
事実、長男の殺害計画は6回にもわたって実行されていた。蒼鉛剤を「梅毒の治療」と称して注射したりモルヒネを打ったり、亜砒酸入りのコロッケを食べさせようとしたこともあった。
凶行の夜、ハマは入念に包丁を研いで長男の帰りを待った。
そしてまず父親の女関係についての相談から切り出し、ふと思い出したように、
「そういえば面白い遊びがあるんだよ。やってごらんな」
と言って、例の手ぬぐい遊びをもちかけた。「こうかい?」と言いながら息子が口で結び目を解きはじめたのを見はからい、ハマは出刃包丁で力まかせにその肩口を刺した。
長男は叫びながら倒れ、「ぼくが悪かった。真面目になるから許して」
と泣きべそをかきながら廊下を這いずって逃げようとしたが、母親は息子をところ構わず刺した。声をあげようとする口は、長女がふさいだ。
寛は事件後、帰京したが平然としたものだった。子供の不出来を自分の責任と感じていたハマが
「喜んでください、わたしがやりました」
と畳に頭をつき、泣きながら報告するのを見ても、なんの反応も見せなかった。
寛は主犯であることを否認しつづけたが、ハマと長女は全面的に罪を認めた。
判決は寛が無期懲役、ハマが15年、長女が4年であった。