これは殺人には至らなかったケースであるが、ストーカーが被害者の実父であるという稀な事件であるため、あえて紹介することとする。
被害者は父親からの性的虐待、そして母親からの精神的・肉体的虐待を受けて育った。両親は彼女が3、4歳のころ離婚したが彼女はそれ以前から父親に性的いたずらをされている。また8歳になったとき、学校から帰ろうと思って校門まで出てみると父親が迎えに来ていた。
「ひさしぶりだね、ふたりでどこか遊びに行こう」
と言われ、車に乗ったところ、知らない家(ホテルかもしれない)に連れこまれ、ベッドに入るよう言われて強姦された。
母親は常日頃から彼女に「離婚したのはおまえのせいだ」と言い暴力をふるった。殴る蹴るで流血することは当たり前で、顔が紫色になり失神するまで逆さ吊りにされたり、髪の毛を掴まれて引きずりまわされた。中学になると通学を許されず、日がな1日部屋に閉じこめられるようになる。
さらに母親の連れこんだ愛人にも性的虐待を受けるなどして、彼女の精神は逃避場所を見つけるために人格分裂していく。最終的にこの人格は10人から12人にまでなった。
中学卒業後は家出し、上京。アルバイトでお金を貯め渡米する。アメリカでの生活は日本に比べて伸び伸びとふるまえたため、楽しかったという。彼女は7年アメリカで暮らし、結婚して帰国した。
しかし彼女の多重人格がもとで、結婚生活は破綻する。夫のすすめで彼女はカウンセリングを受けることを決心し、精神科の戸を叩いた。ようやく彼女は治療をはじめることになるが、やはり結婚生活はうまくいかずに離婚することになった。
そんな折、彼女が帰郷したのを誰から聞いたのか、父親から電話がかかってきた。彼女は記憶の底に押し込めていた虐待の記憶を治療によって取り戻していたが、それでも「普通の親子のようにふるまってみたい」、「なかったことにできるかもしれない」という期待を抱いて一緒に食事をすることにした。
車は彼女が出し、食事のあと、父が「いま住んでいる社員寮まで送ってくれ」というので送っていくことにした。
車内で父は「おまえが小さい頃、熱が出て、俺が夜中に病院まで運んでやったんだ」などと言い、彼女はそれを聞くと「泣けて仕方なかった」という。父は「まだ話したりない、このまま朝まで話したい」と言った。彼女もそれにうなずいた。
最初はコンビニで酒を買って、カラオケボックスでも入ろうという話だったのだが、父が「やっぱりホテルにしよう。ホテルでもいいだろう」と言い出す。彼女はそんな父の言辞を怪しんではいけないという気がして、それに同意した。
ホテルの一室に入ると、父の態度は豹変した。彼女はレイプされた(性交時は別人格が意識を請け負った)。
それから父のストーキングが始まった。電話が1日何十本となくかかり、「会えないか」「行ってもいいか」としつこく懇願された。昼夜問わずの電話攻撃で、父は謝りどおしに謝っていたが、当然もう会う気はない。しかし断っても、無視しても父は電話をやめず、ついに弟から住所を聞き出して彼女のアパートまでやって来た。
最初は強硬に戸を開けなかった彼女だったが、ドアの向こうで父が
「おまえのいいお父さんになりたいんだ」
と言って泣くのを聞き、ついふらふらと彼を中に入れてしまう。そして彼女はまたもレイプされた。しかも父はポラロイドカメラで彼女の裸まで撮ったという。なんとか写真だけは取りかえしたものの、父を追い返した後は放心状態であった。
その後も父のストーキングはやまず、精神科医のすすめもあって彼女は実父を刑事告訴に踏み切る。
父は法廷で「娘のほうから誘ってきた」、「足をひろげ、『見て、見て』と挑発した」と偽証したが、受け入れられず、懲役7年の刑を言い渡された。
彼女の治療は継続中だが、人格は徐々に統合されつつあるという話である。