昨日2月9日は、ラフの四十九日だった。
2月9日は、私のおばあちゃんの命日。
私のことをとてもかわいがったくれたおばあちゃん。
でもトイレ・・の歌にもあるけれど、私は恩返しもできなかった。
ラフはおばあちゃんだったの?
ラフ。生前、アニマル・コミュニケーターさんに「私が亡くなったら、一番明るい星になっておうちの前を照らすよ」と話してくれたラフ。
夜空で一番明るい星をラフだと思って、私もいつも話しかけているよ。お陰で最近夜空を見上げることが多くなった。
その星は、なんという名前か知らないけれど、少しくらい曇っていても、他の星は見えなくても、ひときわきれいに瞬いている。空で輝いているのが月とラフの星の日もあって驚くことがある。顔を出してくれるラフに「ありがとう」とつぶやく。
「死」を通して「生」の意味を知る。一瞬、一瞬の「生」の先に「死」があることを、命あるものは、「死ぬまで生きる」ことを、すごく考えた。
犬は生きている間は私を悲しませるようなことはしない。でも唯一早く逝ってしまうことが親不孝だ。最愛のラフがいなくなったら、どんなに辛いだろうかと思ってきた。いつまでもいつまでも一緒にいたいけれどそれは叶わないこと。
でも「いつまでも・・」とわん達の命にすがることは私のエゴなのだ。「生きたいだけ生きる」それを静かに受け入れること、それがしてあげられる最大の愛情なのではないかな。
ラフが若い頃に読んだDr.フォーグルの本に犬から飼い主への遺言状のページがある。
「私、シルバーディーン・エンブレム・オニール(通称ブレミィ)は、老いと病の重荷に耐えかね、最期のときが近づきつつあることに鑑み、この遺言書を、ご主人様の胸に刻んでおかんとするものである。・・・」という文章で始まる。
改めて読み返した。「愛犬を埋葬する場所は、どこでもない飼い主の胸の中」。
肉体をなくすという点を通る瞬間はあるけれど、別の次元で生き続けるラフ。
そしてまたリレーしていく命を感じながら、ラフを想う。
そして今を生きているパフィやマイキー、すばらしい命と過ごせる「今」に感謝しないとね。

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