2008/12/16

抜粋  

 追手は三人だった。
 宗章は三人の刺客に相対し、左手の男を切っ先で威圧し、右手の男を目で抑えた。
 左右二人の刺客は宗章の気迫に飲まれてこうり付いてしまっている。
 宗章は瞬時にして。正面に立つ男が一番の技量を持ち合わせていることを見抜いていた。
 この男さえ討てば、後の二人は難なく討ち棄てることができると踏んだのだ。
 「柳生殿でござるな。」
 正面の男が声を掛けてきた。
 宗章は、右手で動けなくなっている漢から目を離さずに頷いた。
 正面の男を見ないのは、相手を誘っているのだ。
 
 
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タグ: 小説 柳生 刺客

2008/12/16

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2008/12/13

今度の時代は・・・・  

 思いっきりこじつけてみた!
 鳥取県の「米子」・・・もともとは「米生」と書いて「よなう」と言ったらしいが、それがいつ頃の話かは定かでない。
 ここからがこじつけだが 「米」という字は八十八からきているのが一般的だ。勿論、お米は八十八日をかけて丹精こめて作られるという説だ。
 私は独断と偏見を込めて 「米」の字をあえて「八木」と読み替えて「生」と並べてみた。「八木生」は「やぎゅう」、「柳生」に繋がった。
 飽くまでも言葉遊びで、昨今の不況を見ながら、さしたる産業も観光地もない「米子」に「しんにゅう」が付いてこのままでは「迷子」になってしまうなどと不謹慎なことを言っている人間の考えること 笑い流してもらって当然です。
 ところが、米子城には「横田内膳騒動」という事件があり、その戦闘のさ中で柳生一族のひとりが憤死をとげていることは知られているし、それを祀った祠が米子のどこかにあったらしい。
 そして、少し調べていくと、関ヶ原の戦いで悪名をあげた小早川秀秋の暗殺の下手人として追手をかけられ、その追手ふたりを斬った後に横田内膳を頼って米子に来て、偶然のお家騒動に巻き込まれて死んだらしいのだ。
 
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2008/12/12

(無題)  

第一弾は一昨年出版

第二弾は執筆中

さて 第三弾は・・・・
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2008/12/12

小説 第三弾 準備中  

小説 第三弾 準備中をここで編集してみようと思う
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