生まれて初めて!
初 体 験 !
ビバ 《緊急入院!!》
これ書いているのは4日目なんですが、生まれてこのかた大怪我大病を患ったことが無いもんでなんでもかんでも珍しく、ちょい興奮気味です。
これまでの事を日を追って書いてみますと
14日、午後辺りから突然に肩凝りと口腔内に違和感が生じ、疲労に因るものと楽観
15日、疲労回復を計り、身体を休めるも口腔内の違和感は増大、薬を服用するも改善はせず、翌日のバイトをキャンセルした後(この時病院に行く事を決意)稽古に参加、動ける訳も無く心配と迷惑をかけ解散。 一人で最後の晩餐(固形物を口に出来たのがこの時まで)、この時すでにスプーンがくわえられ無い程、口が開かない状態になっていた。
16日、痛みのため眠れぬ夜を過ごし翌朝、開口障害という状態に不安を感じ「家〇の医学」をネットで検索、結果《破傷風》の疑いが浮上、恐々としながら近所の内科医院へ。
診察と採血の結果、「当医院では判断が付か無いので総合病院に。」と紹介状を貰い移動、この時に柏木女史との予定(こちらからお願いした事で楽しみにしていたのだか)をキャンセルし向かった先が「都立駒込病院感染科」である。
結果から言えばこの後、口腔外科(いわゆる歯医者さん)に回され、レントゲン撮影後「顎関節障害」と診断「独り身(この一言に軽く傷ついた)で食事や薬の管理が大変だろうから、入院しましょうか。」と言われ、そのままベットへ。 とにかく皆に連絡しようと一言[緊急入院しろって言われました。]メールを発信、様々な返信が…
言葉足りず返事も出来ず、皆に心配かけて(ごめんね)途方に暮れてたところへ、窪、柏木両氏が迎えに行くと連絡あり(ほんと、ありがとうございました)、入院準備の為一路我が家へ、そこで未完の小道具と衣装を預け、身の回り品だけ持ってとんぼ返り(この時レンタルビデオの返却に窪さんに車廻してて貰いました。2軒も…)午後9時到着、いざ入院生活へ
17日、枕が変わった為か不安や緊張の為か1時間毎に目が覚め、ぼんやりしている7時頃、朝食の流動食(重湯味噌汁スープヨーグルトゼリー牛乳アイスクリーム等、いずれか4品目位)を2分で片付け、まるで病人の様に点滴を受けて居るところへ、長瀬さんと堂前さんの電撃見舞い(有り難い事です)に驚き、長瀬さんにはいたたまれないような珍しい物を観るような目で見られ、二人の個性が現れた見舞いの品(面白いよ、性格出てて)を頂き、夜には夜で田村・静コンビの陣中見舞いを受け、話が出来る事に悔しがるやら残念がるやら(どういう事?)安堵するやらと、楽しい一時を過ごし「本当に、仲間って善いな素晴らしいなって感じた一日。」でした。
(昼食夜食ともに流動食これだけが……)
18日、前夜から痛み止めを貰い慣れ始めたのか爽やかな目覚め、と流動食(もういい)と点滴。
午前中に会社から連絡あり、社長が見舞いに来てくださると伝えられ、待つ事10時半辺り、突然の社長からの電話「駒沢病院(世田谷区)の病室何処だ。」って言われ「駒込病院(文京区)の207病棟ですよ…。」
そのまま電話でお話して、有り難い申し出をして頂き(足を向けて寝られません)早く治そうと決意を新たにしていると夕方、遂に奴が、愉快な愉快なアンチクショウが見舞いに来てくれたんですよ、後輩の松崎卓君が、地図も見ないで迷子になりながら、いろいろ頼んだ買い物を届けに。
面会時間ぎりぎり迄しゃべってました(愉快な奴です)
19日、夜中に痛み止めを貰い寝付きの悪いままパターンになってきた流動食(飽きた)と点滴、検査の予定も無いので洗濯したりブログ書いたりあっち行ったりこっち行ったりしてたら、点滴が詰まるからおとなしくしてなさいって怒られました看護士さんに(ハイ、2回逆流しました)
そんなこんなと16時、突然な呼出し行ってみたら「今から歯を抜きましょう。」心の準備もままならぬままに診察台へ、生け贄の雄山羊の様な緊張の一瞬
「あぁ今日は無理ですね」ってかなりビビリました。(早く治療しないとヤバイのは分かってますよ、でも歯を抜くって怖いよね)
こんな感じの入院ライフ如何でしたか?読んで貰えば御の字で笑って貰えば大感謝またの会う日を楽しみに今日はここ迄!!
注意
上記の文は事実ですが、脚色誇張もしています。