オレは人を待っていた。
雨の降り始めた新宿駅はジメジメしていたが、読みかけの小説にぐいぐい引き込まれていて、そのまま1時間くらいは何も気にならないでそこに立っていられそうだった。
早めに着きすぎたことを後悔するわけでもなく、気鋭の小説家のナンセンスで不思議な世界にいつのまにか没頭していたのだ。
「君、こうして警察に話し掛けられるの初めてじゃないよね」
突然声が聞こえた。
後ろを振り向くとそこには二人組の警官が立っていて、じろじろとこっち睨み付けていた。
警官はオレの肩をぐいっと掴むと手に力を入れて「身体検査させてもらうから」
と言った。
しばらく警官はオレが腰からぶら下げていた爪切りをいじっていたがそのうちニヤニヤ笑って、
「ちょっとそこの交番まで来てくれるかな」
と息の臭い舌足らずのくそったれな口で言った。
オレは今人を待っているわけだし、すげえ面白い小説を読んでもいるんだ。
そんなヒマはないんですよと言うと、
あなたの腰にかかっているそのアクセサリーにはナイフがついていて、これには軽犯罪法違反の疑いがあるんだと言いながら、警官はオレの肩にかけた手にさらに力を入れた。
まったく面倒なことに巻き込まれてしまったことに頭の真ん中あたりで気が付きながらオレは不思議と腹が立つわけでもなく、小説の続きについてぼんやりと考えていた。
交番の奥の部屋はほんの2畳くらいで、職員室に良くあるような金属製の味気ない灰色の小さな机が置いてあった。
机には差し向かいで一つずつの椅子が置かれていて、オレはその下座のドアに近い方に腰掛けさせられた。
ドアの出口の横は喫煙所になっているのか、ヤンキー顔の若い警官と上司らしいいかついおっさん警官がタバコを吸いながら下品な笑い声でどこかの商売女の話をしていた。
「身分証見せて」
口臭警官はドアの外をきにする様子もなく、事務的な態度で言った。