先の公約通り、映画ドラえもん『のび太の新宇宙開拓史』観てきました。テスト期間中、一人孤独に。
で、その感想ですが、一言で言うと
「色々やろうとしすぎて共倒れしている」といった所でしょうか。本当に、この一言に尽きます。
はて、どういうことか。
そもそも、原作の『宇宙開拓史』は、開拓史なんて言葉がタイトルに含まれることからも分かるように、
のび太というガンマンの活躍を描く西部劇なのです。コーヤコーヤ星という荒野を開拓する開拓民がいて、そこにふとしたことから、のび太という少年がやってきて、彼は開拓民の子ロップルと意気投合。その開拓民は悪党に狙われているのですが、実はのび太が凄腕のガンマンで、悪党を次々となぎ倒します。しかし敵も腕利きの殺し屋ギラーミンを雇って対抗し、これまでのように簡単にはいかない。しかし、のび太は開拓民との友情のために戦い、勝利したのだった。しごく大ざっぱに言えば、こういう物語なのです。
ですから映画も、のび太の活躍を中心に、その活躍を支えるコーヤコーヤの人々との関係なんかを描けばよかったと思うのです。ところがですね、今度の映画では新しい展開だとか新しい視点を加えようとするあまり、「のび太の友情と活躍」という本来の魅力が損なわれ、しかも新要素も本来の要素に圧迫されて大きな魅力になりきれなかったように思えます。まさに
共倒れです。
例えば、新キャラのモリーナと、モリーナの父との再会を考えてみます。このモリーナはロップルくんの幼馴染。彼女の父は、幼少期に開拓民を乗せた宇宙船が故障した際に宇宙船を修復して開拓民を救うもワープ空間に飲み込まれ行方不明になった、という設定です。
まず、映画冒頭がホットスタートで、問題の「お父さんが宇宙船を修復し、行方不明になる」という件が描かれます。その後、物語序盤でモリーナが本格的に登場したところで、モリーナの父が行方不明になった事故が説明され、映画を観ている者としては「なるほど、冒頭のシーンに出てきたのは昔のモリーナと、父さんだったのか」と納得することになります。
ところがですね、この後、
ラストの再開までお父さんは放置されるんですよ。いえ、一度だけ、のび太が畳の裏をくぐってコーヤコーヤへ行こうとした際に別の星に飛ばされかけ、そこで怪しげな人物(実はモリーナ父)に遭遇するのですが、これだけ。生きている可能性が示唆されることもなければ、捜索隊が痕跡を掴んだとか、そういう話もなし。
こうして、クライマックスを迎えます。ギラーミンは倒したものの、ガルタイト鉱業が仕掛けたコア破壊装置はそのまま。このままではコーヤコーヤ星は破壊されてしう。ここで原作ではタイムふろしきでコア破壊装置を作動前に戻していたのですが、今作では宇宙船で釣り上げて、装置ごとワープするという展開に、そしてワープ空間を流れ着いた先に、モリーナのお父さんがいた、とこういう展開です。
いろいろと書きましたが、早い話が「お父さん行方不明になってた。のび太、変な所で変な人に会った。ワープしたら先にお父さんがいた」という、
あまりに単純な再開物語になってしまっているわけです。
しかもですね。この再開が、
深刻な副作用を残してしまいました。
思い出してください、原作の見せ場って「のび太とギラーミンの決闘」ですよね。ところが、今回の映画には「モリーナの再開」という見せ場がある。結果、
二つの見せ場が互いに足を引っ張っているんですよ。
いきなりですが、原作のギラーミンは本当にカッコいい悪役なんです。冷酷非道だけど自分の役目には忠実で、いたずらに残虐なことをしたりせず目的のためなら手段を選ばない。ところが、どこか自分の仕事に信念のようなものがあって、自分も脱出しなければ危ないのに、「
スーパーマン、のび太とかいったな。すご腕のガンマンと聞いた。お前と対決できる日を楽しみにしていたぞ」と、一人やってくる、そういうキャラなんです。だからこそ、のび太との決闘も緊迫感漂う、名シーンになるわけです。
ところが、今回の映画では、決闘の後でモリーナと一緒にワープしなければならないという都合から、
人質を取ってのび太の前に現れた挙句、あっさりと負けて、あろうことか負けた後に後ろからのび太を撃つという、
どうしようもない三下の悪役になっていました。
その他にもですね、のび太とドラえもんが活躍したと聞けばヒーローと持ち上げ、現れなければ無責任に非難するコーヤコーヤの人々が描かれ、それに「コーヤコーヤを守るのはコーヤコーヤ星人の役目じゃないか」とモリーナが問いかけるシーンがありました。この「自分の身を守るのは自分の役目じゃないか、責任を他人に丸投げしていいのか」というような視点は原作にはほとんど登場しなかったものですが、
回収されず。中盤で「お、新しい展開が」と期待しただけに残念でした。
今度の映画では決闘のシーンがあると聞いて喜んでいた全国のドラえもんファンが、どれだけ落胆したでしょうか……
とまあ、さんざん批判してきましたが、
決して出来の悪い映画だったとは思いません。
81年の初映画化の際にはなかったCGなんかの映像技術、本当に奇麗でした。絵本のような絵柄も趣ありましたし、動きも文句なし。背景画なんかは塗りが本当に奇麗で、絵画として飾っておきたいくらいでした。
話にしても、十分にいいんです。原作がしっかりしていることもありますが、途中で飽きない展開は、やはり映画制作陣の力でしょう。新要素にしても、不完全燃焼なだけで、要素としては面白いなあと思うのです。
だからこそ「惜しいなあ」と思うわけです。変に手を広げず、リメイクとして真っ向勝負すれば名作になったと思うのですが……

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