朝こっぱやく起きてササッと飯を済ませ、
戸井線調査に向けて出発。
戸井線と言えば、
ちょっと前まで5号線を挟んで築堤がデーンとそびえてたんだけど、
いつの間にか無くなって整地されて、道路になってまってだ。
ボヤっとしてたら位置もなもわがんない。
けど今回は下調べバッチリだして大丈夫。
まずは五稜郭駅近くの住宅街からスタート。
線路跡は普通の道路になってたけど、カーブとかの雰囲気は判る。
国道を越えてパチンコ屋の横を入る。その道が路盤跡…
なのだが、昔の面影は道がカーブしている位しかない。
そこからは線路通りまっすぐな道。
これが函館工業高校の裏手まで続く。
道はきれいだし、両脇は住宅でびっしりだし、
あまりに昔の感じと違うのでホントにこの道がそうか?と
若干心配になってきたが、確かにこの道だった。
昔から戸井線脇にあったO電気店を発見。間違いない。
それから根埼、汐首と遺構を巡り、線路跡を辿り、
迫力満点のコンクリートアーチを拝み、
終点の瀬田来到着。
ちなみに瀬田来はアイヌ語でセタ・ナイ(犬の・川)か、
セタ・ライ・イ(犬の・死んだ・処)の意味の川名からついた地名。
って、またアイヌ語講座が始まったが?!!(苦笑)
戸井線調査を終えて、俺の実家に寄る。
いつものように居間に入って「はい〜、どもども」と声をかけたが、
そこにいるはずの親父がいない。
「あらっ? 散歩にでも出かけたのかい?」っておふくろに聞くと、
おふくろ、「ほれっ」って、何やら書かれた紙を渡した。
そこには『心臓ペースメーカー手術の日程云々…』
「もう手術は終わって、連休明けに退院なのさ」とおふくろ。
あのねぇ、なしてなんも教えでけながったの?
したら
「なんも、大したことない手術だから、誰にも言ってないんだ」だって。
それでも札幌にいる弟には知らせたっつーことで、
弟は日帰りで見舞いに来てくれたとのこと。
おふくろは昼飯を食ったら病院に行くって言うから、
せば俺らも見舞いに行ってみるか、とおふくろを乗せて
2日連続の病院参りとなった。
親父は元気そうで「ほれ、こご見でみれ」って、
そう言うのが苦手な俺に、ニヤニヤしながら
ペースメーカーの入ってる部分を見せつける。
あ、こらもう大丈夫だわ。
「この階のトイレまでなら歩いて行ってもいいですよ」って言われて、
2階下の売店まで新聞を買いに行き、
看護師に「この階だけって言ったでしょ!!」って怒られて、
「なんだい、監獄みてぇなどごだな!!」なんて怒鳴ってやった。
つて、こんな冗談を喋ってんだから、
確かに退院は近いんでないかい(笑)
病院を後にして、
約束していた2時に印刷会社に仕事の原稿を受け取りに行き、
そこで30分も与太話をしてまって、
かみさんも息子もおふくろも待ちくたびれてグッタリ気味。
それからおふくろを家まで送り、
かみさんの実家へ戻るんだけど、
義兄一家と会うチャンスは今晩しかないっつーことで、
急遽携帯で今晩の打ち合わせ。
結局、兄夫婦と末娘が来られることになったので、
せば寿司でも買って帰るかと、得意の「ひゃくまるくん」に向かう。
したら「ひゃくまるくん」、「すしまるくん」に名義変更してて、
「こりゃ、怪しいな」と思ってたら、案の定、
「1皿100円」が売りでで「ひゃくまるくん」だったものが、
「1皿120円」になってやがった。
だったら正直に「ひゃくにじゅうまるくん」にしやがれってんだい!!!
でも、値段の割に美味しいして許す(←わいっ、なんだのよ!!)
さて1年ぶりの宴は盛り上がり、
息子のたってのリクエストでカラオケボックスに行くことに。
って、去年と同じ流れじゃん。
でも俺も結構乗ってまって、
羅勲児(ナ・フナ)の「故郷駅」を韓国語で歌って、
ひとり悦に入っていたのは覚えてません。
あんの〜…
ふぅ〜っ…
オマンマ政権に対しては…
ニオンは…
はぁく…
ってなことで、いい塩梅に酒がまわり、帰宅後は爆睡。
でもちゃんと5分間かけて歯磨きはしましたっ!!
つづく…

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