▲日本と韓国の名字59(韓国に多い一字苗字の日本での歴史7)
◆◆◆〈李〉◆◆◆続続
歴史:続続
太田亮先生の本にの〈李〉の項目に、漢(あや)、坂上を見よ――とありますので、ざっと見てみました。
(8)漢(あや)
朝鮮半島を経由して日本に帰化した漢人の末裔。
漢武帝が朝鮮半島を植民地にして楽浪郡、帯方郡などを置いたときに、大陸から移住した漢人の子孫の一部が後に日本に渡って帰化した。
楽浪郡の王氏は河内を根城にして西漢人と言われ、大和にいた漢人は東漢人と言われた。
この子孫に坂上姓を賜った一族がいたらしい。
また直という姓を賜った一族の東漢直は史上有名で、その一人、蘇我馬子の子分だった東漢直駒は、馬子の命で崇峻天皇を暗殺するという大事件を起こしました。
〈漢〉といわれた人たちは、朝廷や大伴一族や蘇我一族の尖兵として軍事面で活動していたようです。やりすぎて天皇から諫められたという話もあります。
ただ、佐伯先生の本では、漢人の末裔というのはそう名乗っていただけで、実際には半島系であり、同じ半島でも大和朝廷が支配していた任那近辺地方から渡来したのではないか――とされています。
(両方本当のような気がします。植民地支配とともに移住した漢人たちも混血するでしょうから。大陸半島系の帰化人は古代から危ない仕事をしていたらしい。崇峻天皇暗殺という大事件のあと、史上初の女性天皇である推古天皇が即位されます)
(9)坂上
東漢氏族の宗家として栄えたらしい。
その系譜に、應神天皇の御代に七姓漢人らを率いて帰化したとされ、その七姓の中に李姓があり、刑部史の祖となったとされているそうです。
・・・どうも掴みきれませんが、漢〜坂上一族に関係の深い〈李〉というわけです。
なんだかとても判りにくいのですが、なにしろ卑弥呼の時代にまで遡る話なので、よく判らないのはしかたありません。
むしろこれだけ判るのは凄い――と思わねば!