▲日本と韓国の名字54(韓国に多い一字苗字の日本での歴史2)
以下、読みについては『苗字8万よみかた辞典』、歴史については『姓氏家系大辭典(太田亮)』および『新編姓氏家系辞書(太田亮・丹羽基二)』によります。
◆◆◆〈金〉◆◆◆
読み:「かにい」「かぬち」「かね」「きん」「こがね」「こん」
つまり、〈金〉という漢字で表示される日本の苗字には六種類があります。うち「こん」は「こむ」とも書くので、これを数えると七種になります。
太田亮の著作によれば後四種が古代からの代表で、とくに「こん(こむ)」が多い。
したがって「こむ」の箇所にあります。
歴史:
(1)新羅族
新羅王の氏、金閼智の後裔とされる氏族。
『続日本紀』の大宝三年(703)十月十六日に、「僧隆観還俗。本金。名財。沙門幸甚子也。頗渉藝術。兼知サン暦。」(僧の隆観を還俗させた。もとの姓は金で名は財。沙門幸甚の子である。占いに通じまた算術と暦法に通じていたからである)
この年の記述には、金姓の使者が何人か新羅から来たことや、新羅から漂着した人を帰還させたことなどが記されています。
『続日本紀』の神亀元年(724)五月十三日に、「従六位上金宅良。金元吉並国看連」の姓を賜った――とあります。
『続日本紀』の延暦二年(783)七月十八日に、「左京人散位従六位上金律順賜姓海原連。右京人正六位上金五百依海原造」(左京の金律順に海原連の氏姓を賜り、右京の金五百依に海原造の氏姓を賜った)とあります。
『続日本後紀』の天長十年(833)四月八日に、「投化新羅人金礼眞等男女十人貫附左京五條」とあります。
この他万葉集などにも。
さして高い位ではありませんが、都やその周辺に新羅王族の末裔を名乗る〈金〉姓の人たちがいたことが分かります。
[続く]
(写すだけで大変で、疲れますので、隔日にいたします)