これはあくまで俳優、治田敦の演技プランの一環として考えられたサブテキスト(台本には書かれていない人間関係、背景など)であり、原作とは全く関係ない、あくまでフィクションである。
(一)
あの夜、僕はいつもどおりボートハウスを遠くから見ていました。
あのひとに決して入ってはいけないと言われていたからです。
もし、中に入ったら、また病院に入れられます。
病院には行きたくない。あんな暗くて狭いところ・・・
時々、目が覚めたら棺おけの中だったという夢を見てパニックになります。
ミセス・ラザフォードが僕は「閉所恐怖症」という病気だと話してくれました。
病院はそんな僕にはたった1秒でもいたくない所です。
ボートハウスに明かりが点きました。
もうすぐ、彼がやってくるはず。
・・・あのひとは嫌いだけれど、彼はどこか憎めないところがあります。
病院に閉じ込められたとき、息ができず、もうダメだと思っていたら、突然、真っ暗闇に光が差し込みました。
光の先を見上げると、帽子をかぶった男がまぶしい太陽の影から覗いています。
逆光で良く分からなかったけれど、多分、にっこり笑っていたのでしょう。
手を差し伸べて、僕を引き上げ、外へ出してくれました。
「おまえの家なんだからな、出て行けはねえだろ」
彼はケラケラ笑いました。
「そのかわり、俺の言うことはなんでも聞くんだぞ」
彼は僕の頭をポンと叩くと、帽子を目深にかぶりなおし、いつもの決まり文句を吐いたのです。
「持ちつ持たれつさ!」
物心ついたころから僕はボートハウスに住んでいました。
食事や身の回りの世話はいつもミセス・ラザフォードがやってくれます。
フツーの子供はお父さんとお母さんと一緒に暮らしているらしいけれど、僕がフツーではないことはなんとなくわかっていました。
思いはあるのに言葉がすぐには出てこないんです。
左手はいつもしびれていて、指は思うように動きません。
お母さんは時々来てくれました。でも、お父さんには会ったことはありません。多分、僕がフツーじゃないから嫌いなのだと思います。ミセス・ラザフォードにお父さんの話をすると、いつも、悲しそうな顔をするからです。
お母さんは静かな人です。優しい笑顔で、僕の頭を撫でてくれます。
その手はいつも左手です。
ミセス・ラザフォードが言いました。
「ぼっちゃん、左手で頭を撫でるのは、とっても愛しているっていうことなんですよ」
僕も左手でお母さんの頭を撫でようとしました。
でも、しびれているのでうまくいきません。
練習して、いつかきっとお母さんの頭を撫でてあげようと思いました。
浜辺にはきれいな貝殻がいっぱい落ちています。
いろんな色・・・左手を使って、つかむ練習をしましたが、やっぱり右の方がうまくいくきます。気がつくといつも右手で遊んでいました。
僕は長い時間ひとつのことに集中していられない病気なんです。
それでもがんばって、何日も、何日も、貝殻で稽古しました。
そして、ようやく、左の手のひらが半分開くようになったんです。
今日はお母さんが来る日です。
僕は左手でお母さんの長くてきれいな黒髪を撫でてあげようとわくわくしていました。
でも、お母さんは来ませんでした。
次の日も、その次の日も来ませんでした。
ミセス・ラザフォードに訳を尋ねても何も答えてくれません。
お母さんはその後もずっと来ませんでした。
あるとき、僕はパニックにおちいりました。
自分でも良く分からないのだけれど、突然、体中が熱くなって、大声を出し、自分の頭を叩いてしまうんです。
「ぼっちゃん!」
食事の準備をしていたミセス・ラザフォードが走ってきて、泣き叫ぶ僕を必死で押さえつけました。
これが初めてじゃなかったので、彼女はどこを押さえれば僕が静まるか分かっています。
彼女は頭を叩いている僕の両手をつかむと、急いで下ろし、そのまま顔を僕の左耳にくっつけ、右手を僕の身体に回しました。
彼女にきつく抱きしめられた僕は口から唾が流れてくるのが分かりました。
彼女は言いました。
「ぼっちゃんに・・・」
少し間をおいて、彼女は僕の耳元で囁きました。
「弟ができたんですよ」
(続く)
大道具の北斗くんが作ってくれたワイヤ・ゴジラ!
いつかきっと、このゴジラみたいに雄雄しく吠えます。
7月6日から22日までの間、「エリザベート」東京を受け付けます。
B席は取れない日が多く、申し訳ありませんが、S席、A席のみのお取り扱いです。
<貸切日>この7回公演はチケットをお取りできません。
11月8日昼、16日昼、29日昼
12月6日昼、12日昼、13日昼、20日夜
詳細は近日中にこのブログで!