「甘いわよ、40番ゴトキで!」
そう言うと、ヴェシカはにっこり笑った。
2012年2月4日、茨城県四国造園ドラフト会議、午前7時42分。
私は店内中に聞こえるような舞台発声でヴェシカに答えた。
「いやいやいや、神奈川からやっと着いたのに、いきなり『ゴトキ』って言われちゃったよ!」
どっと笑いが起きる。
ほかほか湯気の立つコーヒーを誰かがくれた。
ヴェシカが近づいてきた。
「ブログ読んでます!」
「あ、どうも・・・」
ヴェシカはもちろん周りの人も今日初めて会うひとばかり。
それがいきなりの和気あいあい。これがあの花を愛してやまない人たちのなせる業なのである。
「わたし27番だけど、これは・・・無理でしょう・・・」
ヴェシカは宝の山の「原種交配コーナー」を見てため息をつく。
マニアの間では垂涎の花ばかり、値段も桁違いだ。
豆粒ほどの花や蕾を付けた渋くて愛らしい株が誇らしげに私達を見返す。
「無理か・・・40番じゃ・・・」
私はアバターをうっとりためす眺めつ、つぶやいた。
「無理だね・・・」
男の声が背後からする。聞き覚えのある茨城訛り・・・
振り向けば、背の高い男性がコーヒーカップを片手ににっこり笑っている。
「お久しぶり!」
ゴトーオーナーだった。
オーナーとは青山劇場での「アイラブ坊ちゃん」以来だ。
オーナーは奥様とシアター1010の「アル・カポネ」にも足を運んでくださった。チケット代を多めに下さって、「後は猫ちゃんに」と、がんじろう基金にも寄付してくださったのだ。
その目はクリスマスローズを愛でるときと同じ目。
人を、動物を、植物を愛する優しい目だった。
終演後、オーナーが私に投げた一言は忘れない。
「じゃ、また『季節』が来たら!」
そう言うと、オーナーは悠然とロビーを去っていかれた。
その「季節」が今、ここに来たのだ。
「ゴトーさん、何番なんだろう?」
私がぽつんとつぶやくと、平本さんがさらっと答える。
「2番です」
「・・・そうか・・・え、で、平本さんは?」
「それよりは後ですよ」
「10番ぐらい?」
「3番です」
「・・・」
意気込みが違った。
私はゆっくりと店内を物色し始めた。
アバターは文字通り「高嶺の花」だから、第二、第三、第五志望ぐらいまでは探しておかなくてはならない。
27番のジェシカなど第二十七志望まで紙に書き出していたから恐れ入る。
しかし、それにしても「自分の目」が変わってきたのには驚いた。
例えばこの花。
昔だったら、間違いなくリストアップしただろうに、今じゃピンボケ写真だもの。
一本気に、渋めのグリーン系ダブル好みは貫き通しているが、もう、ちょっとやそっとの花じゃなびかなくない。
この花に出会って4年になるものね。
しかし、こいつは違った。
なんという気品!
直径は1センチにも満たない超小輪。
それでいてこの威厳!
格が違った。
この花だけは「非売品」だった。
アミダくじで抽選という話もあるが、一体、どれだけ大きな紙を用意しなくちゃならんだろう。
悪魔のような君、ダルビッシュ・ユー。
私はじっくり選び、第2、3,4,5、志望まで決めた。
みんな蕾だ。
平本さんが初めてドラフトに来たときこんなことを言ってた。
「開花株は買ったその日から飽きが始まるんですよ。でも、蕾は咲くまでのワクワクした楽しみがある」
まさにその通りだ。
私のドラフト2位はこれ。
写真よりもうんとグリーンが渋くて、コロンと丸いカップ咲きだ。
ハギさんに素性を聞くと、一分間に五万語が七万語まで跳ね上がって解説してくれた。
彼の知識と経験と情熱には心から敬意を表する。
どれだけこの花を愛しているか、彼こそ歩く“アイラブユー”である。
2012年2月4日土曜AM8時45分、運命のドラフト会議が始まった。
整理番号順にお気に入りの花を一つずつ選んでいく。
一番の人は女性、ご主人と共にクリスマスローズ好き。
ドラフト会議一巡目一位はこの花だ。
「真っ赤な花弁の奥にグリーンの強い意志が垣間見えて・・・!」
彼女は心から嬉しそうだった。
当たった者、外れた者、早朝の四国造園は悲喜こもごも、嬌声が飛び交う。
私はというと、ずっと母屋(おもや)からくっついて離れない。
何故なら、はなから諦めていたアバターが、30番を過ぎてもまだ手付かずのままなのだ。ひょっとすると・・・
よもやの母屋・・・!
しゃれてる場合じゃない。
32番、33番・・・37番・・・誰も手に取らない。
アアア、アバターが・・・
「38番!」
ハギさんの高らかな声が店内に響く。
すると、中年男性がそそくさと原種コーナーへ走っていった。
まさか!?
男は一つの鉢を手にした。
アバターの隣、ハリーポッターだ。
まさに「魔法使いの蕾」が株中に散りばめられている。
それにしてよ、おじさん、お願い!
私はアラーの前にひざまずくイスラム教徒のように祈った。
すると、何と言うことか、私の願いに反して、男がアバターを手にしたではないか!!
ああっ!
男はじっと緑色の天使を見つめている。
よせ、そいつは天使なんかじゃない、悪魔だ!!
私は「ダビンチコード」のラングドン教授と化していた。
すると、教授の声が届いたのか、レオナルド・ダ・ビンチが私に微笑む。
男の手からアバターが離れていくではないか。
一間置いて、男はハリーポッターを手にすると、勇んでレジへと向かった。
おお、グラッチェ、レオナルド!!
そして・・・
39番は覚えていない。
覚えているのはハギさんの高らかなファンファーレ。
「40番!」
待ってましたとばかりに、天を突く声が四国造園に響いた。
「はい!!!」
あの名優平幹二郎にさえ勝るとも劣らぬ舞台発声。
「はい、はい、はい、はい・・・!!!!」
霞ヶ浦まで届く「はい!」の七十連発。
まるで小学校の授業参観だ。
2012年四国造園ドラフト会議。
私はまたしても指名第一位を手に入れた。
魅惑のアバター
(つづく)・・・かな・・・
北海道行っちゃうし・・・

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