2013/5/17 | 投稿者: みに

小学生の頃、夏休みには南方の島にある田舎に帰るのが常でした。

そこでは毎年必ず夏の暑さに倒れるお年寄りがいるため、滞在中に数回はお葬式が行われていました。



地域の住人はほとんどが親戚関係、お葬式にはたくさんの人が集まります。

平屋建ての小さい家でも芋の子を洗うように人が入れ替わり立ち代わりして、お葬式という厳かな雰囲気はなく、いっそ賑やかなぐらい。

さすがにご遺体を前にする時は涙ぐんだり亡くなられた家の方としんみり話しますが、場を離れると慌しく葬儀の準備に追われたりします。

亡くなるのはお年寄りのため、よく長く生きた、大往生だと。悲しみよりも褒める感覚に近いかもしれません。



元々、田舎では無くなった人は残された人が悲しむのは嫌だろう、楽しく見送ってもらいたいという意識があるため、なおさら暗い雰囲気はなくなってしまいます。

男衆は飲み食いするだけでお客様扱いですが、料理を作ったり配膳したり動くのは女衆の役目で、親戚中、女の子なら小さい子供も借り出されます。

家の中の水道だけでは足りないので、外の水場で野菜の皮むきをしたり、近くの家の台所を借りて準備をしたり。

この時に働かない女の子がいようものなら「あの家は手伝いもしない」と、村八分まではいきませんが陰口はずっとたたかれます。

家の体面を大事にしているので、少しでもそれと違った行為をすれば異端の目で見られてしまいますね。



そして火葬場まで着けば、喪主の家にお任せしてあとはもう食事会という名の宴会です。

男衆は出されたお酒に付き合い、女衆は料理を運んだりお酒を注いだりしなければ、これまた「あの家は・・・」という目で見られてしまいます。父はお酒が弱いので、付き合うのも大変そうでした。



これが、私が今まで何度も見てきた田舎のお葬式です。

田舎のお葬式は地域内での関係が密なものですが、若者が島から出て老人だけが残っている現状、こういった親戚総出のお葬式もその内見かけなくなるかもしれませんね。
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2013/5/17 | 投稿者: みに

便利でいいのかどうか何とも言えないけれど、
近くに葬儀場があります。

うちの近くは、聖典谷塚斎場というところです。

団塊時代が亡くなるまでの20年強は葬儀場の需要は絶え間なく続くのでしょう。

誰でも、いつかお世話にならねばならない場所です。
少子化や社会のつながりが希薄になったことにより
お葬式にお参りして下さる人の数も減っています。

大きな会場を借り切ったものの会葬者があまりにも少なく、
参列者の一人として寂しい思いがしたことがあります。

それに退職して時間が経ったときは殆どお参りがないと思ってもいいのではないでしょうか。   


その傾向もあって家族葬が多くなってきているきがします。

従前からの社会的な本葬を行う前の身内だけの「密葬」とは異なります。
家族葬には特に決まった形はありませんが、様々な理由により身内だけや親しかった人だけで故人を偲ぶ、そしてお別れする小さな葬儀です。


私も家族葬にお参りしたことがあります。

初めてのこと、静かに念仏を聞いていて、これでいいのかもしれないと思いました。

 
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