楽器業界から自然に転業していった森岡は、別のビジネスで直ぐにチャンスが訪れるなど夢にも思っていなかった。建築業が本格的に軌道に乗り出した頃、それまで米国とカナダの仕入先から建築資材を輸入していたが、仕入先が異なると、どうしても品質が安定しなかった。ギター作りと一緒で、原木材料が高品質であることと、加工現場の職人の技術が高いことが重要であり、北米の仲介業者を通しての輸入は、各建物ごとに品質が異なるため、森岡は自分で米国のシアトル郊外に工場を建設する事とし、米国を生産拠点として日本のみでなく需要のある外国にも販売することにした。
ログハウスの加工作業場は一般の工場と違い、鋼鉄の柱と大型クレーンの入る高いルーフの建物、クレーンにフォークリフト、バンドソー(製材機)など全て特大なので、創立以来歴史の短い会社としては大変なもの入りであった。しかしバブル景気終盤の絶頂期で収益率も非常に高く、巨額の資金でも完成させることが出来た良い時代であった。
しかし1990年前半には一ヶ月4棟もの高級ログハウスを建築する日本でも、この業種では最大手になったため、その工場でも生産が追いつかず、隣国カナダの国境に近くバンクーバーから70キロ内陸のアボッツフォードと云う町にあった品質のよいログ加工生産会社と提携をした。この頃から森岡は米国にも自宅を持ち、毎月10日前後はシアトルに住み込み米国自社工場とカナダの工場を連日のように走り回って品質の向上に努めた。
その当時の主力金融機関であった地元の甲府信用金庫長坂支店は、支店長自ら今や銀行の資金を融資受けないのは経営能力が足りない経営者だなどと豪語する態度をとっていた。この支店長時代には、支店の周辺にある八ヶ岳の観光地のペンションその他の観光施設に多大な融資をし、その後大きな貸付の焦げ付きが出来たようである。森岡もこの支店長に紹介された土地を購入し将来多大な損害を与えられる結果になった。
その話とは、前述の支店長にある日、地元の資産家が高級な自宅を建設したいので、予算8000万円程度で設計と詳細見積をしてほしいと云って来た。そしてその施主様は、既に他社にも見積依頼をしているので、遅れないように大至急で作業を願いたいと連絡してきた。またそのオーナーのお嬢様は、現在英国に留学中なので、センスの良いデザインにしてほしいとも云ってきた。森岡は折角金融機関からの紹介なので何の心配も無く受ける事にした。
初めてではあったが今までのログハウスとは様式を変えて2X4建築に挑戦してみようと考え出した。たまたま当時には珍しく大手建設業者並に建築設計にはコンピューターでCADを使用していたので、300uもある豪邸の庭園設計まで作成して一週間後に提出した。ビックリしたのは施主様で、当時としてはこのように短時間で設計が仕上がってくると思わなかったのと、デザインが完全な英国風のチューダー様式であったので翌日には「満足したので契約したい」とオーナーからの直接の連絡があった。
ところがお礼に、その報告を支店長にした所、その支店長は翌日、森岡に折り返し連絡をとり、その施主が八ヶ岳の最高級会員リゾート地に1u約7万円もする土地(合計不動産価値合計約8000万円)を所有しており、それを6000万円にするから残額2000万円を頭金として直ぐに払うので、その条件で請けてもらえないかと云ってきた。そしてあまり乗り気でなかった森岡に対し、支店長自らその現場に見せに連れて行った。そしてこの土地はまだまだ値上がりすると云った。
それまで森岡は工場などの設備には自分の予算内で充分な投資をしていたが、土地には全く興味が無かったことと、いくら8000万円が6000万円になっても、その土地の値上がりを待って転売して利益を得ようとなど卑しい気持ちは全く無かった。エレキギターも家の建築も価値あるものを作ってその技術付加価値で順当な利益を生むことしか考えていなかった。
しかしである、当時はその金融機関から外国に対する(LC)貿易決済の大きな枠を受けていたことと、日常の運転資金は順調に融資が実行されていたので、それを断ることに非常に悩んだ。数日考えた上、資金繰りを圧迫するような買い物は出来ないと意思表示をしたが、当行の資金を利用していれば良いではないかと云われ嫌々引き受けたのであった。
なんとか契約を済ませたところ、この支店長は再度森岡に連絡をしてきて、貴社はログハウス建築の経験しかないことを知り及んだ施主様が、建築技術面において心配しているので私も困っている、もし可能であれば自分の近い親族が一般建築会社を経営しているので、下請けを全面的にさせてやって欲しいと申し込んできた。
森岡は何時かは2X4建築の分野にも進出したく思っていたので、この契約話が出てくる相当以前から研究をしてきていたことと、金融機関からの紹介でもあったので大きなサービス価格を出していたため下請けに出すと赤字になる恐れもあり施主様に、そのような心配があるのであれば、契約は断りたいと連絡したところ、寝耳に水であり、是非貴社の直接施工でお願いしたいと云われたので、支店長に、申し込みに関してはキッパリと断った。
この施主様の発注した町一番と云われる立派な家が完成した直後にバブル景気がはじけ、その土地価格は80%以上下落し、森岡は大損をしたうえ、その支店長はその直前に転勤、あとは知らない顔である。会社としては、その後長期にわたり元金と金利と共に大金を長期にわたり返済さされる破目となった。また当時この支店が周辺のリゾート企業に貸しまくった結果、バブル経済の崩壊で経営破綻に追込まれたペンションオーナーの夜逃げなどで多くの不良債権を抱える支店となったようである。よく金融庁の監査などが入らないと思うのだが、バブルの諸悪の根源は銀行であるとはこのことである。
しかし当時このようなハプニングがあったにも関わらず建築の受注はあまり減らなかった。そしていよいよログハウスの不況期がまじかに迫っているように思われ、今までのように将来を楽観視できない事を感じ出していた。
米国シアトル市郊外の加工場
床面積170uの大型ログハウス2棟が同時作業可能
下の建物の風見鶏の屋根の内部骨組み
上記画像の建物が加工場内で作業され日本に移送した建築物