1967年(昭和42年)モズライトアベンジャーの試作は、セミ・モズレー氏の指導によリ完成度をいかに上げるかでありまたその完成品はベンチャーズサウンドそのものを再現出来なければならないものであった。一方ブルーコメッツのために開発するエレキギターは彼らの音楽性や音色の好みはベンチャーズと全く異なるものであった。アベンジャーの試作を完成しノーキー氏やモズレー氏に絶賛されたとしても三原綱木氏は好んで使う音色ではない。
リバプールの開発以前にブルーコメッツのライブコンサート見たり当時のレコードを聞いた結果音色はギブソンのレスポール系を基調としてもっと音をクリエートさせようと考えた。もともと学生時代にレスポールのレコードを買い込み熱心に聴いていた。レコードの録音が当時としては高度な技術で行われていたことを知っていた。現在のように多重録音機(MTR)などない時代レスポールのレコーディングは数台のシングルトラック録音機を使用してピンポンレコーディング(録音機を再生しながら音を重ねて録音していく)をしたものであろうと考えた。
それはいくら高度なギターのテクニシャンでも絶対演奏できないフレーズが高音域で入っている。これは録音機の回転を2倍にしたものである。また繰り返しのエコーが効果として付いている。当時エフェクターとしてエコーマシン等はまだない時代である。多分オープンリールの録音機の録音ヘッドの隣に再生ヘッドを着けて再生し再度録音回路に戻す操作を繰り返しエコー効果を出しているのであろうと想像を巡らせていた。
しかしである。レスポールのレコードの音色は透明度が素晴らしくアレンジとアンサンブルそしてエコー効果が素晴らしく調和している。その当時よりこのような音色(透明度が高い)のギター開発を夢見ていたのであった。
さて仕事として携わるとなると夢を現実にせねばならない。ギブソンやレスポールの文献など全くない。測定器でどの音が良い音だ等の資料は皆無である。最後の手段としては色々試作をして自分の耳で確かめるしかない。以前から持っていたエレキギターや借りて来たものでテスコ、グヤトーン、フェンダーのテレキャスター及びストラトキャスター、ギブソン、ケイ、エピフォン、ヘフナー(ドイツ製でポールマッカートニーがこのメーカーのベースを使用していた)等.ありとあらゆるメーカーのピックアップをそっと外して試着し実験してみた。
色々なテストの結果ギブソンとヘフナーのピックアップがブルーコメッツのサウンドに一番適するような気がしたがグループサウンズはそれまでのジャズやポップスと異り大きなパワーを必要とした。モズライトのようにある程度歪を持たせて迫力をつけるのと正反対で音色の透明感を持たせたまま迫力を着けないと演奏にマッチしない。
ベンチャーズサウンドのメンバー構成はリードギター・サイドギター・ベースギター・ドラムスの4人である。その上インストグループでゲストにボーカルを入れる程度である。透明度の要求よりも迫力のあるベンチャーズサウンドが人気である。サイド・ベース・ドラムスのスリーリズムである。
一方ブルーコメッツはリード&ボーカル兼管楽器・リードギター・ベース・キーボード・ドラムスという編成である。リズムセクションは二人であり補足的にリードギターが時々リズムを刻む程度である。それとともにブルーコメッツのベース奏者の高橋健二氏の音質は真に透明感あふれるものであった。これ以上の音色を作らなくてはブルーコメッツは採用しないであろうと思った。
結局ギブソンレスポールの音色を基本としてパワーを上げる方針とした。しかし既に出来ているボディーにギブソンのピックアップを取り付けても音色はさえない。反対にヘフナーのピックアップの方が聞いた感じが良い。そこでこのピックアップとギブソンのピックアップを分解して内部の構造の違いを研究した。
ヘフナーのピックアップはセミアコースティックギターに適した細工がしてあった。それはボディーの共振で音色に癖が出ない工夫がしてあった。ギターのボディーを叩いても余りピックアップにボディーの音は伝わらないし出力も小さい。
まずピックアップの外観と内部構造を概略決定して手作りで作ろうとしたがマグネット等は以前テスコと取引のあった業者の既成のものを使うしかない。そのマグネットにコイルを巻けば信号は取り出せるという簡単であるはずのものがコイルの巻数を増やせば出力は大きくなるが音色の透明感は薄らいで行く。透明感を保とうとしてコイルの巻数を減らせば出力は下がる。当たり前のことだがこの反比例を解決せねばならないのだ。
ギターの弦が磁界に対して如何に効率良く作用する構造を考えねばならなかった。この解決には磁石に接着させるサポーターの形状を一番効率的なものを手探り手作業で作るしかなかった。連日、金鋸、万、ヤスリ、で手に豆を作って型づくりに励んだ。
その結果コイルの巻数を減らしてもかなりの出力が得られるようになった。音色も透明感を保っている。まず私自身が良いと思った音で仕上げてとりあえずブルーコメッツにギターを見せてみようと思った。この時点では誰もリバプールの特殊な形(バイオリンとカブトムシを合体した形状)のギターは予測していなかった。さて三原綱木氏はこの奇抜なデザインを見て気に入るだろうか?私自身は音色に満足しているがこの音で本当に良いのであろうか?ブルーコメッツのメンバーには一回しかあったことがなかったので大きな不安と期待を持って再開をした。この時すでにベースの試作も出来ていたが自信がなく持参しなかった。
1967年当時のファーストマンのカタログ(裏表紙)
さて持ち込んだとき彼らはリハーサル中であった。不安一杯で三原氏に見せたが試奏するなりすぐに気に入ってくれた。過去一度しか話したことがない私が新型エレキギターを製作してくることに対しあまり期待していなかったのではないかと思った。しかし実物を見たとたん彼らの様子でブルーコメッツ全員の信頼と期待を勝ち得たと思った。
ところがベースがないのだ。ベース奏者の高橋氏は当然ベースはと聞いてきた。後でお持ちしますと答えたのだが、彼のベースの音質感覚を知りたく時間を空けてもらって話をした。
音質感というのは表現法が難しい。彼は「僕は歯切れが良くピッキングの時にギャンと底力があって温かい音が欲しい」という。この表現法で皆様は理解が出来るでしょうか。ミュージシャンは、クールな音とか、ガーンとくるような音とか、繊細な音とか、シビレルような音など芸術的に音を表現しようとするが科学的ではない。
楽器の設計者がそれを受け止めるのは至難の業である。高橋氏の表現もそれに近いが彼はあのレコードに入っているあの奏者のベースの音は良いと話してくれる。その辺から音色の検討をつけベース専用のピックアップを設計した。ピッキング時のアタックの後の減衰時間を程よく短めにしてその間倍音を強調出来るよう音作りの最終仕上げを行った。
これで低音の音程感がはっきり美しく聞こえてくる。私自身が演奏するときにはこんなベース音でバックが付いてくれると良いなあと思って設計したのであったが人それぞれ好みは違う。
しかし幸運なことにこの一号試作のベースも高橋氏に気に入って頂けた。そしてそのベース音は歌の女王 美空ひばりさんの「真っ赤な太陽」の録音時ご本人からベースの音が非常に素晴らしいとお褒めの言葉を頂いたとのことであった。高橋氏は私から受け取ったベースをアンプとイコライジングで素晴らしい音色に仕上げたのであった。
当時海外で常識であった流行の長髪のミュージシヤンと逆行したダークスーツに短髪の若い紳士のグループ、それにマッチした上品な黒色のファーストマン・リバプールギターやバロックベースはブルーコメッツの高度な音楽性に基づいた魅力的なサウンドで一挙にグループサウンズの最高峰を極めることになった。