・職人は徒弟制、専門職はサラリーマン
平成2年バブル経済は崩壊した。しかしログハウスメーカーとして営業基盤を築いたアルビスは極端な影響を受けなかった。新任した副社長は経営陣に加わると同時に、ログ建築の木工部分を除いた土木部門を全て引き継いだ。
そこで二人で色々と労使間の問題を話し合った結果、職人は徒弟制であり、専門職はサラリーマンなので、待遇をはっきりと分けるべきだとの結論に達したが、その後下記に列記する色々な問題が発生した。
まず当時の一般に大工職人見習いについていえば、一人前になるまでの修行過程は、まず親方に付いて下働きから手伝いを始め、年月をかけて見習っていくのである。
親方は自分の技術を盗めといって、一つの仕事が出来るようになってから初めて、自分の代わりにその仕事だけを現場で作業をさせる。徐々に全ての作業を取得させ一人前の職人を育てるのであるが、その間、弟子の収入は皆無に近い小遣い程度で、食と住を与えられるのみである。
弟子は、何とか一人前になって安定生活が出来るようにがんばって修行に励むのであるが、独立できるまでは個人差があり、親方も本人もその時期はわからないのである。
そこで、アルビスの場合はどうであるかを考えたのであった。当時はバブル景気絶頂時に大工見習いを採用したのであった。採用する条件として、本社界隈で自立生活が出来る最低限月額15万円程度を支給することを互いに同意したうえ入社させた。これは大工職人見習いとしては最優遇の甘やかせでもあった。
一方、専門職の建築士は学歴もあり、一級建築士などの資格を取得してから入社してきている。しかし若く経験も少ないので一からログハウス建築に対する勉強が必要であった。森岡は前記の職人で一人前になろうと努力している職務意欲旺盛なスタッフと建築士を連れ、研修のため渡米したこともしばしばあった。
これらの専門職も採用時に給与条件をお互いに取り決め採用していった。その他の輸入部門などは、輸入業務とともに英語が理解できる人材を採用し、いずれも森岡と渡米し、現地事情を把握させるために懸命な努力をした。それは森岡の後継経営陣を作りたいためでもあった。
ところが、ある冬の日の朝、一人の職人が見習い社員の代表として、森岡の社長室に突然面会を求め、質問に応じるように要求した。
その内容とは。自分たちはこの寒い冬に朝から晩まで吹きさらしの中で働いている。しかしいくら働いても給料は15万円と安いのに、専門職の連中は暖房のきいた豪華なログハウスで、コーヒーを飲みながら働き、高給をもらっている。社長は不公平に思っていないのですか。
われわれは入社してから直ぐに必要な電動工具、大工道具を数多く購入したため生活が苦しいと訴えた。
森岡は見習い最中の初心者素人が電動工具を持つことが危険だと思っていた。中には未熟なチェーンソー技術で、仲間見習職人の足を切断し、被害者は一生障害を持つことになってしまったことがあったので、どう対処しようかと一瞬迷った。
一応、返事として「君も一旦退社して一級建築士として資格を取得し、もう一度アルビスの建築士募集に参加してください。優秀とみとめたら専門職の給与基準で喜んで採用しよう」これには申し出人も返事のしかたが無く退席したが、その午後には数多くある現場の全ての職人が森岡の一言を知って腹の黒い社長だと言い出したようであった。
とにかく近いうちにバブル経済崩壊の波はアルビスにも押し寄せてくるであろうし、社員の連日のベースアップ要求に応じていては人件費増加で経営が成り立たなくなる可能性が大きいと危機感を抱いていた。
そのような状況下にあったある日、副社長が森岡に対して「これですよ」と云って録音カセットを持参して以下の報告をした。
アルビス本社事務所から歩いて5分程度のところに「金物ショップすずき」という大工の日常使用する工具を販売する店があった。この店の店主は女性で亭主は水道工事の請負をしていた。
森岡は近距離で便利なこともあり、建築に不可欠の水道工事は全てこの店の亭主を下請けとして仕事を任せ、年間3000万円程度の支払いをしていた。当時この僻地で、この金額は非常に大きなものであった。夫婦そろって森岡に友好的な態度であったので、森岡も絶対的な信頼を寄せていた。
ところが、ある日、副社長がこの夫婦の自宅に招待されたとのことであった。そこには見習い職人の賃上げ扇動主導者が集まっており、会社に対しての要求を相談中で副社長を仲間に入れ、社長の森岡に直訴するよう相談を持ちかけようとしたのであった。
その内容は、森岡が米国において破格な低価格で仕入れ、それら巨額な資金は全部自分でコントロールしている。われわれ見習いは入社とともに大工電動工具などを「金物ショップすずき」のお世話になって分割で売ってもらい、その支払いが大変であり生活が苦しい。
森岡は多額の資金を独り占めしているのだから搾り出せと金物ショップのすずきの酒豪女主人がベロベロになって社員にいきまいていたのであった。
要するに、この店は新入見習い職人に、高額の電動工具を一気に購入させ、早期分割で回収するため、社員の賃上げ運動を裏で先導していたのであった。しかし経営者側としてアルビスに入ってきた副社長を仲間に入れることが出来なかったのである。
下請けの狙いは、入社してきた見習いに電動工具を月賦で買わせ、その売掛金回収のためにアルビスの賃上げ私設労働組合のようなものを結成させ、自宅2階の居間にて、中枢の人物を連日招待して、酒と料理を振る舞い、手なずけているのだとの正確な報告書をまとめてきたのであった。
一般にはサラリーマンも、職人も定時で仕事を終わると酒を酌み交わし、会社や上司の悪口を話し合ったりする「ノミニケーション」呑み会があるのは森岡も知っていたが、下請けがそれを利用し賃上げの煽動していることを知り大きな衝撃を受け、それに対する対策を急がなければならなくなった。
森岡はひそかに他の水道工事業者を複数選び、次の工事から全部他業者に依頼する手はずを整え、その業者には最終残金の支払いを一時的に遅延させ騒ぐのを食い止めようとした。しかしこの手段がその業者に、わかるや否や主人はアルビス本社に来社し、森岡に対して「俺をなめるな、村八分にしてやる」と捨て台詞を言い残して立ち去った。
次回は武川村収入役の脱税事件と村八分