──Xiaoxing side.
打ち合わせには一時間もかからなかった。水無月はあたしとの話を一刻も早く切り上げたい態度が見え見えだったし、こっちとしてもその方が好都合だった。
その後、割り当てられた質素な部屋へと通され、潮の香りを嗅ぎながら寝台に寝転がった。あたしは内心でほくそ笑む。とりあえず作戦の第一段階は成功、というところだろうか。まだ気は抜けない。相手はあのアマテラスだ。
ちりちりと、空気の焼ける気配がして、あたしはようやく思い出した。“彼女”を閉じ込めっぱなしだったことを。
呪縛の呪文を解くと、床に放り出してあった魔道書から、半裸の女がむくりと身を起こす。周囲の魔力を物質に変換し、あっという間に人間の魔導師そっくりの姿へと変化する。だが、口からは苦しげな喘ぎ声が洩れ、全身は苦痛に身もだえしている。
魔力の流れを見ることのできる「妖精の目(グラムサイト)」の持ち主なら、見ることができたかもしれない。女の身体は今、漆黒の鎖に繋がれ、それが全身に巻きついている。それは、あたしが“炎の魔道書”に施した制約の魔術の証だ。
だからあたしは、アマテラスの前で“炎の魔道書”を見せなかったのだ。こんなものを見せていたら、アマテラスは絶対交渉に乗ったりはしなかっただろう。
女は──ランファは苦しげに息をつきながらあたしに言った。
「…あなたの企みぐらい、アマテラス様はきっとお見通しよ…。あなたの思うとおりにはならない…!」
制約の呪文で主従関係を強制している以上、あたしの意思に逆らう言葉や行動には相当な苦痛が伴うはずなのだが、相当腹を立てていたらしい。
あたしは声を潜めて笑った。
「企みも何も、別に隠してやしないもの。あたしのことを調べた時点で、目的が復讐だってことぐらいアマテラスだってお見通しでしょうよ」
そう、あたしは復讐する。あの人を死なせたヤツに。あたしから愛する家族を奪ったヤツに。
「あんたにも手を貸してもらうわよ」
ランファは憎々しげに笑った。いささかの自嘲もあったのかもしれない。
「どうせ、私に拒否権はないんでしょう…?」
「もちろん」
アタシは頷いた。
手近な窓をパタンと開く。そこからは夜空がよく見える。美しい風景だったけど、あたしの心は動かない。あたしが考えていることはただ一つだ。
この空のどこかにヤツがいる。
「あたしの復讐の礎になってもらうわよ。アマテラス、それに西風の公主…!」
憎悪を込めたあたしの声を聞く者はどこにもいない。今はまだ。
だけど、いずれは多くの人間が知ることになるだろう。あたしの本当の武器が、闇牢で封じられた魔力などでなく、まして剣でもなく、この言葉の力だということを。
──Seraphim side.
天の塔、地下500ヤルム。“時の奈落”。
そこは、時の流れが凍りついた、ウィンダスの魔法の秘密の中でも最も大きな秘密の一つ、“時空魔法”の叡智が封じられた場所。
その空間の主は、一人の女性だ。
“熾天使”の名を持つその女性は、凍りついた時間の中で、時の流れとは一切無関係にウィンダスを守り続けてきた。
そして今日も。
端正な顔つきのヒュームの女性が、ティーカップを持つ手を一瞬止め、ふむ、と呟き小さく首を縦に振る。
「どうかしました?」
その所作に気づき、鮮やかな橙色の髪を結い上げたミスラが声をかける。
「大したことじゃないけど」
女性は周りを見回した。そこは、広い広い部屋に、目の院、つまり図書館かと見紛うばかりの本の山があちこちに積まれ、しかしその他には最小限の調度品しか見当たらない、一風変わった部屋だった。
この本は全て、女性が長い時間の無聊を慰めるためにある。傍らのミスラはウィンダスの“牙”と呼ばれる天の塔直属部隊のエージェントであり…時折、この部屋にやってきて女性の身の回りの世話をしている。
「凶星、再び天に輝く…あの女、本当に戻ってきたらしいわね。このヴァナ・ディールに」
「えっ?」
ミスラがきょとんとする。無理もない。この部屋からは外は見えないし、ましてや夜空など望むべくもない。彼女が知る限り、この女性はこの部屋から出たことはないし、外を見る機会などあるはずがないのだが。
「エンネア、戻ったら“薔薇の騎士”キリーに伝えて。最悪の疫病神、フェミララが帰ってきた、と」
「え、あ、はいっ!」
ミスラがぴんっと背筋を、ついでにしっぽも伸ばして敬礼する。それを見て女性は満足げに微笑む。
「ついでに私の封印指定の一時解除も申請してきてもらえると嬉しいな。久しぶりに外に出て羽を伸ばしたいから」
そう言うと、女性はぱちりとウインクしてみせた。

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