タルタルはよっと、といって座り直して姿勢を正し、先を続けた。サユラ様を試すような、挑発するような、それでいて突き放すことのできない、不思議な口調だ。「言葉の魔術師」私の頭の中にそんな単語がぽっかりと浮かぶ。
「フェザーにメアンドルを調べさせたのは失敗だったね。あんたらしくないミスだよ。メアンドル──彼らはよく『自分たちは、存在自体が冗談(JOKE)みたいなものだ』って言って、メアンドルという言葉は使ってなかったようだけど──は、もう草薙に手は貸さない。いや、貸せない」
「彼女が…“永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)”エレコーゼがそう言ったの?」
「エレコーゼ。ああ、メアンドルのリーダーだね。いや、アタシは彼女と話したわけじゃない。アタシはただのメッセンジャーだよ。でも、事情はわかるさ。
『頼みごとをされると断れない』…そんな人間っているだろう? アンタも似たようなモンだからわかると思うけど。彼女はまさにそれだよ。そんなお人よしだから、お互いに信用できたんだろうけどネェ。
でもね、メアンドルの中核を為してたのは、普通の人間じゃない。近衛騎士団の幹部に、神殿の重鎮、宮廷魔導師団のホープ…大貴族の子息までいたんだ。そんな組織が、ウィンダスの傭兵部隊に手を貸すってコトが、いったいどういうことなのか。
しかも、平時ならともかく、今サンドリアは国を真っ二つに割る大騒ぎの真っ最中。神殿派、国王派、互いに譲らぬ権力争いが続いてる。
何しろ、代々王家を護ってきた“七剣の守護者”まで教皇派に謀殺されるくらいだからね!
そんな時に、メアンドルみたいな強力な部隊を引き抜こうとすれば、タダじゃすまないことぐらいわかるだろう?」
サユラ様は黙っていた。その沈黙から私は、サユラ様が今の話を予期していたことを知った。
でも、私たちに他に何ができただろう。
サユラ様の構想した獣人討伐部隊の規模は大きかった。しかも、獣人との激戦は必須だった。“薫の君”や“武御雷”秀人…天照直属部隊である私たち「百騎衆」を総動員しても、まったく手が足りない。少数精鋭で、しかもそれなりの力を持つ兵力を集めて「軍隊」にする。サユラ様の広い人脈をしてもそれは難事業だった。だから、メアンドルにも協力を要請した。それしか、私たちにはできなかったのだ。
しかし。
「ついこの間、王都を黒竜が襲撃するって事件が起きた。伝説の黒竜ヴリトラじゃないただの紛い物だったけど、黒竜にトラウマを持つサンドリアには、効果は絶大だった。王立騎士団と神殿騎士団は半壊。そんな時、とある冒険者の集団が、ガルカの傭兵部隊と協力して黒竜を倒し、サンドリアを救った。わかる? とある冒険者の集団…メアンドルだよ。この事件さえなきゃ、デスティンもうるさいことは言わなかったかもしれない。
『今お前たちがいなくなってしまっては、誰が国を守るのだ?』そう言われて、メアンドルが否と言えるわけがない」
サユラ様が目を見開いた。
「あなた、今なんと言ったの? 紛い物の黒竜…ですって!?」
タルタルは頷き、そしてにやりと笑う。
「そう、あいつだよ。アンタもわかったろう。黒竜は、理由なくサンドリアを襲ったんじゃない。そいつは、黒竜を倒させることで…見事メアンドルと草薙の分断に成功したってわけ。
頼みごとを断れないお人よし、だからこそ、サンドリアの罪なき人々を見捨てられない…。メアンドルはハメられたのさ」
そこで、私はつい口を挟んでしまった。
「それで、メアンドルはどうなったんです? フェザーは?」
タルタルは肩をすくめた。
「別に殺されやしないさ。彼らをバックアップしてたフェザーもね。賓客としてもてなしを受け、不自由ない生活が送れる。
ただし、国外には出られない。監視付きでなきゃ家の外にも。何しろハルヴァーは『国王の許可なく国外に出た場合は反逆者とみなす』と厳命したんだから! 束縛されるのを嫌って逃げ出した近衛騎士は国を離れて今はお尋ね者の身…神殿の重鎮も破門されて刺客に追われる毎日。残りの連中は、騎士や宮廷魔導師としてはともかく、自由に動けない以上、冒険者としての生活は終わったも同然だろうね」
彼女の言葉に、私ははっとした。もし彼女の言葉が本当なら、私がやるべきことは一つしかない。
くるりと踵を返し、その場から立ち去ろうとする。もちろんそれは、メアンドルのメンバーやフェザーを救出する部隊を編成するためだ。今、叢雲に常駐している人員の人数や能力は限られているけれど、メンバーを厳選すれば…。
しかし、歩き出そうとした私の手を、サユラ様の力強い手がしっかりと掴む。タルタルの声が追いかけるように後ろから響く。
「そうそう、やめといた方が身のためよ」
「メアンドルは私たちの大切な友人、フェザーは大事な仲間です。助けるなというの?」
タルタルの目が細められる。彼女にとって私の反応は予想の範囲内だったらしい。
「賭けてもいいけど、警備は大したことはないはずだよ。アンタ一人だってもしかしたら彼女を助け出せるかもしれない。
そして、そうなったら今度こそ間違いなく、サンドリアの正規部隊がここに派遣されて来るだろうね。アンタたちを討滅するために」
「なっ…」
私は言葉を失った。
「当たり前でしょ。サンドリアはそのためにわざわざ彼らを“客人として遇してる”んだから。サンドリアから恩給をもらっているメアンドルのメンバーならなおさら。捕虜ならともかく、客人として招かれている人間を、無理矢理取り返したらどうなると思う? もし、その時にサンドリアの警備兵に損害が出たりしたら?
それは、国と国との関係でいえば、宣戦布告と同じ。四国同盟の立場からすれば、ウィンダス連邦だってアンタたちをかばいきれない。いや、むしろ連邦政府の方が進んでアンタたちの首を獲りに来るかもね。
彼女を助けに行くってのは、鴨が葱を背負ってオーブンに飛び込むようなもんだよ」
私は、チラリとサユラ様の横顔を見た。表情は硬く厳しいまま動かない。そして…何より衝撃だったのは、サユラ様が一言も反論しようとなさらないことだ。それはつまり、この女の言っていることが正しいと、サユラ様は認めている、ということだ…納得しているかどうかはさておくとしても。
私の不安、そしてタルタルの、何を考えているかわからない掴み所のない表情。そして、サユラ様の沈黙。三者三様の時がしばし流れた。
そして、サユラ様が口を開いた。
「あなたの言いたいことはわかったわ。それで、あなたはなぜ私に直接会いにきたの。ただその言葉を伝えるためだけ、じゃないわよね」
タルタルはにんまりと笑った。その笑いに、私の背筋が総毛立つ。この女、何かを企んでいる。しかし、何を…?
「さすがはアマテラス。話が早い。
いいかい? この世界は砂糖菓子で出来てる訳じゃない。アンタは太陽のように光り輝いているけど、誰もがそうあり続けられるわけじゃない。光が強いほどに、影は色濃く、夜の闇も深くなるのさ。
アンタは仲間たちを信じ、善意で接し、彼らも善意と友情でアンタに応えてる。…だからアンタは彼らに手を汚させることができない。やましい仕事がさせられない。だけど、綺麗な仕事だけじゃ、組織は成り立っていかない。アンタもよぅく身に染みてるはずだ」
「何が言いたいの?」
タルタルはサユラ様に向かって身を乗り出し、わざとらしく声を潜めてみせた。
「アタシと手を組め、アマテラス」
このタルタルに驚かされたのは今日何度目かわからないが、今のは極め付けだった。こんな怪しげな、しかも何を考えているかわからないような人間と、サユラ様に手を組めというのか?
サユラ様の返答は、私の心の内を映したものだった。
「あなたみたいな人間と、私が手を組むと思う?」
すると、タルタルはふん、と鼻を鳴らした。
「友達になろうと言ってるわけじゃない。アンタはアタシを利用すればいい。アタシも目一杯アンタを利用させてもらうから。
そうすりゃ、アンタも良心の呵責なくアタシを使い捨てにできるだろ」
サユラ様の声が一層冷たくなる。サユラ様の性格を考えれば当然だ。
「私が、そういう人間関係が一番嫌いと知ってて言ってるんでしょうね? 私は利用しあうだけの関係も、友情のない付き合いも、大嫌いよ」
タルタルは肩をすくめる。
「それでまた、メアンドルの一件を繰り返すのかい?」
サユラ様が言葉を切り、タルタルを睨みつけた後、ぽつりと言った。
「ようやくわかってきたわ。東国に追放されたはずのあなたを呼び戻したのが誰なのか。あなたが“彼”と言っているのが誰なのか。そうよね、二十年前ならともかく、今のあなたのことを知っていて、しかも呼び戻そうなんて発想、魔術師でなければできない。
サンドリアもメアンドルも、私に力を貸すことができなくなった、だから彼は代わりにあなたをよこした…違う?
最近、彼が姿を見せないからおかしいと思っていたのよ。宮廷魔導師団は文字通りの“パンドラの函”を開けたみたいね」
タルタルは肩を震わせて笑った。
「“禁断の箱”とは言い得て妙だネェ。でも選ぶのは宮廷騎士団でもアタシでもない。決めるのも。アンタが選び、そして決める。なんならアタシを簀巻きにして海に放り込んだっていい。
さぁ、どうする、アマテラス」
サユラ様が指を口に当て、親指の爪を噛む。東方にいた頃からの、サユラ様が考え事をするときの癖だ。
でも、なぜ。私からしてみたら、考えることなんて何もない。この女を放り出して終わりだ。こんな女と手を組むなんて、論外だ。
でも…。
長い長い沈黙の後、サユラ様は腰の剣に手を当てて、くるっと振り向いた。
「サユラ様?」
私の言葉に、どことなく済まなそうに、俯き加減で答えが帰ってくる。
「あなたの申し出を受けましょう。精々こき使ってあげるわ。指示は月ちゃんから受けて頂戴。
…月ちゃんごめんね。後は任せるわ。なんでも使ってやって」
苦いモノを飲み込んだ後のような表情を浮かべてそれだけを吐き出すと、サユラ様はふらっと牢を出ていこうとし…そして、立ち去り際に呟く。
「あなたの名前、どうしようか。まさかフェミララと呼ぶわけにもいかないもの」
タルタルは歌うように言った。
「それは陽の光の中では輝かず、ただ夜の闇をわずかに照らす暗闇の中の光。私は小星(シャオシン)、小さき星」
サユラ様は無言で頷き、出ていった。残されたのは私と、シャオシンと名乗るタルタルの二人。
「さて、これから長い付き合いになるわ。よろしくお願いね“月読”」
意味ありげな笑いを浮かべるタルタルに、私は大きくため息をついてみせた。
こんな女と一緒に仕事をしなければならないなんて、私にとっては近年稀に見る不運だ。願わくば、霊獣フェニックスと女神アルタナの天罰がこの不埒な女の上に下されますように。
私は気持ちを切り替え、努めて冷静に話しだした。
「では、仕事の話をしましょうか。とりあえず草薙で懸案になっているのは、ウィンダスの“牙”が秘匿している“風の魔道書”の在り処。そして、草薙に間諜を送り込んできている“西風の公主”への対処について…」

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