高校野球は厳格なルールの中で活動されているのは、今も変わらないと思いますがしかし、だんだん緩やかになっているのは確実ですが、それが悪い事とは言い切れないと思っています。
他のスポーツをみても日本の古来のスポーツとして日本独自の慣習やルールで活動していたものがどんどん変わっています。相撲や柔道などはその厳格さやルールの厳しさもありますが、潔き武士道による概念が根底に流れておりそれが選手や観客へのマナーとなってきました。それによる弊害もあったかもしれませんが、私などは日本の古き潔き文化に誇りを持っていたように思います。しかし柔道などはオリンピックを見ると、そのようなものが失われて行きつつあるように思いました。ポイントなど西欧の数字で物事を進める文化の流れを受け、投げる投げられるの柔道ではなくポイントで勝つ柔道になりました。男子100s超級の石井選手も決勝戦は「自分本来の勝つ柔道に徹した」とコメントしていましたね。しかしそうしなければ今の柔道ではやってゆけないので、批判するつもりはなくその柔道を応援したいと思います。
野球はベースボールに武士道の考え方を加えた日本独特の文化で、それが特に強く表れているのが高校野球だと思います。仲間を大切にする、相手を尊敬する、敗れた者へのおもいやり、最後まであきらめない、など、その清々しさと高校生の必死なプレーが見ている者を引きつけるのでしょう。その例が、勝ったものは敗者を思って笑わない。打っても喜びを見せないなど、かつての高校野球独特の文化だったのでしょう。
ですが、このように世界とつながっている世の中、情報が動画や数字化されて配信される世の中、強いものが勝つ雰囲気の中で、それを守れるでしょうか。日本人は欧米人に比べアピールが下手と言われます。国の外交でもアピールが下手と国内から批判されます。言いたいことを言わなければ負けるのが、世界とつながった今の状況なのだと考えると、かつての高校野球の考えた方で生き抜いていけるでしょうか、と思います。
世間がこのような空気が濃くなり、そのなかで高校野球を見ると本当にすがすがしい。しかし見ている私たちが「仲間を大切にする、相手を尊敬する、敗れた者へのおもいやり、最後まであきらめない」という事を出来ていないと感じます。それを高校生だけにそのような態度をとることを求めるのは間違っているでしょう?
厳しいルールでいくら縛っても、世の空気には勝てずやがて歪みとなり噴出してしまう。なので、その流れに従いルールを変えていかなければならない部分もあるでしょう。ただしこのような高校野球になったら魅力を感じなくなってしまう。高校野球の価値がどこにあるのかを考えれば、守らなければならないものも見えてきますね。

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