自分の周りには凄い人がいっぱいいます。
だから自慢話なんか一切出来ません。
泥くさ〜〜い感じで華やかさの欠片もないけど
とりあえずたどり着いた節目についたので色々振り返ってみようと思います。
思えば10年前の今頃。
人がいないからやれ!というなんとも凄い理由ではじめた和太鼓。
まだ18歳の高校3年生でした。
教えてくれる人がいたわけでもなく
チームだって出来て8ヶ月
メンバーも素人だらけ
ましてや全員40代
まだ人前で演技したことのない人間ばかり
太鼓の集団なのに持ち太鼓は一つもなく、
借り物や木にパッキンを貼ったものやタイヤを叩く
今思い返すと凄まじい状態だったなぁ・・・。
チーム最年少のクソガキ
これが一番初めに貼られたレッテルだった。
三年間ぐらいいいことなかったなぁ・・・。
とまぁかいて見たものの嫌な事ばかりでもなかったけどねw
少しずつメンバーも入れ替わり
決別し別のチームに行った人がいったり
結婚し地元を離れたり
夢を追いかけ趣味をあきらめた奴がいたり
その時いたリーダーもチームを離れ
自分が何とかしなくちゃ!と思ったのが5年目入った頃。
誘われ、和太鼓零の創立に着手して
沢山のことを吸収して、
沢山の仲間とであって。
でまた地元に戻れば新しい風を吹き込む準備をして。
すごーく反発食らったのを今鮮明に思い出した(笑)
自分だけが焦ってて暴走し、みんなのためにって思ってたことが
いつの間にかみんなを苦しめて。
でもいつの間にかみんなの目が本気になって
代表が打ち手を降りて
副代表も打ち手を降りて
気がつけばデビューの時に打っていた経験者は自分ひとりになって。
「リーダー」なんて冠がいつのまにかついて
色んなものいっぱい、いっぱい背負ってて
それを支えてくれる仲間が出来て。
いっぱい遠回りして、今でも遠回りしてるけど
とりあえず今年で10年。
何だかんだで30人以上の卒業生を見送って
これからもずーっと見送る側なんだろうなぁと思うと
ちょっとだけ苦痛。
一喜一憂しますよ・・・人間だもの。
どれだけ人が入れ替わっても
自分がいれば應呼はなくならない。
っていうか、なくさせない!俺が應呼だ!
と心に決めております。
今いるメンバーがどれだけいるのか、
全くわからないけど
應呼にずっといたいんだ、かかわっていたいんだ!という言葉と
辞めても應呼好きだよと言ってくれること
リーダーが慎くんで良かったといってもらえたこと
コレが僕の十年間の全てです。
そしてまた前向いて遠回りして歩いていくわけですよ。
今いる仲間達と笑いながら。

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