2011/5/5

昨日と今日(4)  草稿・その他

 自分はずるい人間だ。

 自分からは何も差し出さずに、欲しいモノだけを得て。



 軽い口付けだった。離れていく神崎の唇を目で追う。

「涼司」

 良くない。
 自分がもらうだけでは。
 だから、ほら。
 神崎の顔は、どこか悲しそうな、困ったような表情を見せている。

 選ばないといけない。
 決めないといけない。
 伝えないといけない。

 自分で勝手に「好き」と思い甘えていては、良くないのだ。
 このままでは、愛したいひとが消えてしまう。

「涼司」


 「はい」と応えたつもりだが、声は出なかった。頷くだけで精いっぱいなのだ。

「少しずつでいいからさ、涼司も俺を受け入れてよ」

 もう一度頷く。これでは良くない。自分の気持ちをきちんと伝えなくては。
 どうしても枷が食い破れない。
 扉は開いているのに!


「好きだよ」


 また言ってもらってしまった。
 自分に腹が立って、泣きそうだ。
 目が熱い。滲む涙を隠すために瞼を下ろす。
 しかし、涙は流れた。

 涙の通ったあとに吐息のように軽い口付けをされて、どんどん涙があふれてくる。
 こんな自分に、こんなにも素敵な人に優しくしてもらう価値はあるのか。

 自分に、それに見合う何かがあるのか。


 目元を隠そうと掲げた両手首を押さえつけられて、みっともない泣き顔を晒す。
「やだ…」
 拒む権利なんてない。
「本当は、涼司が嫌がることをもっとしたいんだよね。おまえが泣き叫ぶくらい」
「……」
「今、それをやってみせることもできるよ」
 手首を押さえつける神崎の手に力が込められる。
「涼司の気持ちを利用してさ」
 そう言った神崎の表情が曇る。逆光のせいじゃない。それは、涼司の罪。
「このまま…」
「あ…まって…!」
「待つよ。待てと言うなら。でもずっとは無理だよ。俺はそんな若くないからね。この気持ちが冷めてしまいそうでさ。それは、俺は嫌なんだ。…ごめんね。」

 神崎の言葉ひとつひとつが、胸を締め付ける。呼吸ができなくなるぐらい。


「涼司をいじめるのはここまでにしとこうかな」

 ふっとのしかかっていた神崎の体重が消える。おずおずと涼司はおきあがり、身なりを正して、涙をぬぐった。


「神崎さん…」
「俺はここにいるよ」
 髪を撫でてくれる手が気持ちいい。
「涼司を見て、俺は声をかけた。こうして家にも来てもらった。気持ちも伝えた」
「はい」
「わかるよね?」
「はい」

 きっと自分はこの人と釣り合わない。自分にはなにもない。
 もしかしたら、あったかもしれない。
 自分で歩むのを止めてしまった。

「今日はもう帰りなさい。タクシーよんであげるから」
 突き上がってきた気持ちに、はっとして顔を上げた。
 離れたくない。
 神崎は苦笑して、また髪をなでた。
「涼司の気持ちの整理がついたら、またこの部屋においで」

 優しい手が離れた。


「また明日」


 
0

2011/4/4

涼司2  

性懲りもなく涼司をかいてみました。

肩にかかってるシャツはタカシのです。


物語がなかなか先に進まないので、絵だけでもと思って。

クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します
1

2011/3/27

今日と昨日(3)  草稿・その他


 神埼のマンションを訪ねるのは2度目である。
 首を90度上へ傾げないとそのてっぺんが確認できないほど堆い建築物。その最上階に神埼は住んでいる。
 エレベータで上りつめて、部屋に入れてもらう。
 だだっ広いダイニングキッチン。神埼は料理が趣味で自分で調理したものを客に振る舞ったり、料理人をよんで、食事を作らせてパーティーを催すことが多いらしい。
 部屋中央には大きなガラス製のテーブルが置いてあり、それを囲うように、ソファーが置いてある。
 奥には寝室への扉があるが、涼司は入ったことは無い。
「座って待ってて」
 言われて、涼司は己が勝手に決めた専用席を探す。
 一番奥の席は、背もたれのないキューブ型のソファーが二つ並んでいて、そこに腰を下ろすつもりだった。空いたもう1席には己の手荷物をおけば、神埼と密接しなくてすむ。
 しかし、
−無い。
 どうしたものかと、軽いパニックで身動きがとれないでいると、冷蔵庫から飲み物を取り出してきた神埼が横から顔を覗きこんできた。
「どうしたの?」
「あの、ソファー退けてしまったんですか?」
「うん。そうだよ」
 無いと言うのは、テーブルを囲んでいたソファー。残っているのは、4人かけのソファー1台のみ。
−これじゃ、逃げられないじゃん…。
「座って」
 微笑みながら促されて、おずおずとソファーに腰を下ろす。
 隣に神埼も座って重みでソファーのクッションが凹んで、涼司の体が僅かに傾いだ。
 硬直する体と反対に、心臓の鼓動がバクバクと響いている。
「緊張してるね」
 冷たい指先がうなじに添えられる。ぞくりと背筋が震える。お構いなしに指先は後頭部に回り込んで、涼司の黒髪の中に潜りこんだ。
「あ、あのこういう事は―」
「嫌?」
「あ…えっと…」
 神埼の目が冷たく涼司を見据える。
「君からなかなか来てくれないから、こうするしかないよね」
「いや、ちょっと待って下さい!」
「もう十分待ったと思うけど」
 ぐいと両肩を抑えこまれ、上半身がソファー沈む。
 覆いかぶさる神埼の体。見上げる先にある整った顔。
 再び神埼の手が涼司の肌に触れる。優しい感触が、逆に緊張を増幅させる。
「好きだよ」
 それは呪文。涼司の全てを縛る呪縛の言葉。瞬きすることも許されないまま、互いの唇は重ねられた。
 
 
1

2011/3/23

今日と昨日(2)  草稿・その他


 己の欲するものが目の前にあるとしよう。
 それは、目前で扉を開くとある一室の中にある。
 入手するには、その一室に入ればよい。
 とても簡単だ。
 しかし、涼司にはそれができない。ただの一歩二歩を運ぶことが。
 疑念という枷が、足首に食らいついているからだ。そいつから齎される痛みが、涼司の行動を抑えつけている。
 「あの時」から。涼司は歩むのを辞めた。たった一度傷ついただけで。
 歩み寄るだけ。はたしてそれだけで欲するものを手に入れられるのか。
 何か良からぬモノが、身を潜めているのではないか。部屋に踏み入れ、それに手を触れた瞬間、自分は捕食されてしまうのではないか。
 今、自分の足に食らいついている枷が皮肉にも自分の身を、心を守っている。

 ―ああ…。

 それでも部屋からはあたたかい光が溢れ、芳ばしい花の香りが漂っている。
 部屋に行けられた一輪の大花。花弁の上できらめいているのは、清水の雫か。

 ―ああ…いけない。よく見よ。

 花弁のきらめきは雫ではなく、毒を孕んだ棘ではないか。
 じゅく、じゅく。
 傷が疼きだす。
 長い間庇ってきたのに疼き出した。
 疼きは警告か。
 それとも、同じ轍を踏まんとしている自分を嗤って蠢いているのか。

 否。

 脆弱な自分の心を嗤っているのだ。

 こんな自分を知ったら、あの人も嘲笑うだろうな…。

 

 
 
1

2011/3/21

玻璃の雫(1)  高校時代編(涼司と春樹)

「リョウ」
 隣を歩く小野寺春樹に呼ばれて、松浦涼司は読んでいた数学の参考書から顔を上げた。
 高校最後の夏も終わろうとしている。
 西の空で赤く爛れている太陽の眩しさに目を細める春樹の横顔は美術室に在る石膏の英雄の如く整っていて、凛々しい。
「俺さ」
 春樹は涼司の方を向いて立ち止まった。涼司も立ち止まる。先を促さずに、ずっと相手が切りだすのを待つ。これが他人に関心を示せない涼司の対応である。
 融け崩れた夕陽と凛々しい春樹の顔。コントラストを孕んだ生きた絵画を涼司は生涯忘れないだろう。この時に発せられた春樹の告白とともに。



 小野寺春樹。
 校内に限らず、この閉鎖された田舎で彼の名を知らぬ者はいない。
 先ず、彼の素晴らしい容姿が人の目を引き付ける。短く整えられた濃い黒髪。淀みない大きな瞳。高い鼻筋。すらりと長い手足。ぴんと伸びた背筋が、黒い制服の襟から裾まで飾る紫のラインを際立たせる。
 家柄もよく、自分の子供を春樹に近づけ、小野寺家に取り入ろうとする輩までいるとかいないとか。
 故に春樹の周りには常に人がいた。多くは同級生であるが、昼休みともなると学年・性別関係なく生徒が集まり、騒ぐ。
 しかし、例外は何処にもあり、松浦涼司は同じ教室で沸き上がる笑い声を他所に、春の陽気の中でうたた寝していた。
 春眠暁を覚えず。まさにその通り。ぽかぽかと暖かい窓辺の席で、昼飯もとらずに机の上に寝そべる。
 一番後ろの窓際の席。この季節にこの席につけたのは幸か不幸か。
 甲高い女子の笑い声。窓硝子を揺さぶるような男子の大声。涼司はどちらも苦手だったが、春風にはためくカーテン越しに伝わる陽気が、五感をうまく鈍らせてくれる。
 忍び寄る眠気に抗わず、涼司は瞼を下ろした。
「ねぇ、猫がいるよ」
「え?」
 春樹を取り囲んでいた生徒は、春樹が指し示した方へ目を向けた。
「猫って…松浦のこと?」
 思春期の皰を鼻端に抱えた男子生徒が応えた。
「うん?顔見えないけど」
 生徒は何度も瞬きして、机に寝そべっている涼司を見た。
「ふふ。確かに猫みたい。丸まって寝てる猫に見える」
 女子生徒が含み笑いしながら賛同した。
「だよね」
 春樹は静かに立ち上がった。同行しようとする他の生徒を、人差し指を口元に寄せて制する。寝ている涼司の前の席に腰を下ろして、空いた涼司の机のスペースに頬杖して、その寝顔を見下ろす。描かれたように動かない猫の寝顔。長めに伸びた黒髪が頬にかかっているのを、そっと指先で払う。
 はためくカーテンが、薄い影を落として、松浦涼司の回りで揺らめいている




 








 
 
 






 



1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ