中村という町は高知市から、いくつもの山を越え、海岸沿いの道をひたすら3時間近く走って到着する。
日本一の清流と言われている四万十川が流れている町。
調べてみたら、大阪市の人口が、約880万人に対して
中村は約3万5千人。大阪市の250分の1程度。
実は中村市は2005年、西土佐村と合併して四万十市になったので、
地図上に中村市は存在しない。
けど、そこに住む人達は、今でもみんな自分達の住む場所を「四万十市」とは呼ばず、
「中村」と呼んでいる。
自分達の土地を愛し、そこに住む人同士の繋がりを大事にする町。
そんな町に日本全国でも類を見ない音楽シーンが存在する。
中村で、唯一存在するライブハウス・シルバーを拠点とし
地元「SWAN」や「ゴールデン野朗」といったバンドが中心となり作り上げた、
音楽とお酒を融合させた独自の文化。
初めて中村を訪れ、シルバーの扉を開けた人は
そこで演奏している地元バンドのクオリティ、それを取り巻く環境の特異さに
ショックを受けるでしょう。
俺はそんな中村の人、音楽の魅力に取り付かれ、
毎年 訪れている。

ライブハウスシルバー
ここのマスターの偏屈さは有名。
「機材や場所を貸してあげるねんから、言う通りに従え!さもなければ演奏させない」というスタンス。
有名、無名関わらず、誰に対してその態度は同じ。
演奏出来ずに帰らされたバンドも多い。
松浦達彦のリハーサル
マスターにライブで演奏する曲数を決められた上、
椅子に座って演奏する事が許してもらえなかった。

更に使っていたピックまで、「それではダメだ」と交換させられる。
かなり面倒臭いんだけど、演奏する人のためを思っての事なんで、文句言えない。
さんざん松浦達彦にダメ出しをした後、

「これ食え、」って差し入れ
このアメとムチがMにはたまらない
この偏屈で強引なマスターと対等に渡り合うため
中村のバンド達は協力し合い、自然と結束が高まったんだと思う。
マスター無しでは、中村シーンは生まれなかった。
今回出演させてもらった「SWAN」というバンドが主催するイベントは、月に1度行われいて10年以上も続いている。
(ゴールデン野郎のイベントも月に1度ある)
毎回たくさんのお客さんが来て、多い日は100人を超えるらしい。
この日もオープン当初はポツポツだったお客さんも次第に増えて来た。
津波警報で電車が止まってるし、メインの商店街ですら、ガラガラなのに
この人達が、どっから湧いて来たのか不思議。
常連客が多いみたいだけど、高校生から、70代のお年寄りまで年齢層は幅広い。
みんな近所の居酒屋に行く感覚で遊びに来てる気がする。
シルバーを初め、出演するバンド達はほとんどはホームページを持っていない。
イベントを検索してもひっかからないし、ライブハウスでチケット予約も出来ない。
出演者によるチケット手売りでお客さんを呼んでると聞いた。
こういった行為の積み重ねが、バンドとお客さんを強く結びつけているんだと思った。

ロックに合わせてチークダンスを踊りだす年配のカップル。
まるで外国のパブ。
フロアはライブ中でも、ほんのり明るく、
テーブル席に盛られたお菓子を自由に食べる事が出来、
お酒が進むように考えられている。
土佐の人の飲酒量はハンパじゃない。
時間が経つにつれテーブルにビールの空き缶が詰まれていく様子は圧巻。
最初は大人しかったお客さんも、後半はベロベロになって
大騒ぎとなる。
大盛り上がりの中、イベントは終了。

けど、夜はまだまだ。
ここからが中村の真髄。

居酒屋を貸し切り、出演者、お客さんが入り乱れての大打ち上げ大会が行われる。

中村では、出演者とお客さんとの距離は無い。

あっちこっちのテーブルで、返杯によるお酒が酌み交わされる。
返杯は相手を酔わせて潰すためのものでは無い。
心のトビラを開くオマジナイ。
返杯によって、絆が深まり、愛や友情が芽生える。
盛り上がりがピークに達した所で、
恒例、「うみうさぎ」というシンガーがギターを持って「ユートピア」という曲を歌う。

中村を代表する唄と言ってもいいかもしれない。
サビの部分では みんな声を張り上げ大合唱となる。
(このシーンに涙する人は多い。過去、俺以外にもピカチュウや六万体の石原君などが泣いた)
ガラパゴス諸島で生き物が独自の進化を遂げたように
高速道路も走ってなく、電車も1時間に1本
ある意味、隔離された土地で、
生まれたシーン。
けど、ここの人達は閉鎖的にはならず
新しい音楽、刺激的な音楽に非常に貪欲で
他地域のバンドを呼んだり、遠征したりと積極的に交友を持とうとしている。
SWANが大阪で初ライブをした時、中村市民が大阪まで駆けつけ、
中村市民でライブハウスが埋め尽くされたという伝説がある。
中村という町は 今まで日本には無かった
音楽の新しい付き合い方を教えてくれる。
ここから先は
「クリトリックリスごときが言うな」とバッシングを受ける事を
承知で書きます。
「CDが売れない」ってよく聞くけど、今の時代そんなの、当然。
「ライブの動員が少ない」ってよく聞くけど、暗くてうるさいだけのライブハウスにお客さんは来ない。
「過去のミュージシャンがやり尽くしたんで、新しい音楽はもう生まれない」ってよく聞く。
確かにそうかもしれない。
けど、環境を変えれば、音楽の可能性はもっと広がるんじゃないでしょうか?
映画館の動員が減少している中、
アバターは3Dという新しい方法でアプローチし大成功した。
規制のスタイルにとらわれていたら、今のまま。
「ロックが生まれて55年」と言われてる。
レコードからCD、そしてデータ配信へとフォーマットは変わっても
音楽の楽しみ方は昔とほとんど変わっていないように思う。
ライブハウスやコンサートホールも
機材は進歩してもシステムは昔とまったく変わっていない。
「音楽で世界を変えてやる」という人はよく居る。
確かにいい曲やいいアルバムを作れば、CDが売れて、ライブにお客さんがいっぱい来てくれる。
けど、そんな事は一時的な事。
音楽で世界を変えるなら、
音楽そのものでは無く、
音楽を取り巻く環境を変えなくてはいけない。
中村に行って、そう思った。