2012/10/29 | 投稿者: 和泉

 ソファに置かれた手をとる。
「薫さん?」
 細長い指は物書きの指にしては固く、節ばっている。
 幾度となく触れた指だ。
 なのに、鮮烈な印象をともなって、はじめて目にしたかのように視線を引きつけられた。
「どうしたんですか?」
 問いかける青年は、かすかに困惑している。はじめて会った頃から変わらない、澄んだ双眸をしている。
 脳裏によみがえるのは、指跡のついた彼の紡いだ物語だ。
 誰もが胸躍らせる冒険譚を書き綴った手で、胸がしぼられるような切ない想いを綴る。
 この手が、あの話を綴った。
 少年だった彼が、この目の前に座る青年が、――あの話を創世した。

 その胸に、切ない痛みを抱えて。


  
 薫は手にとった彼の指先へそっと唇で触れた。
 おののくように震えた手を離し、薫は立ち上がる。
「おめでとう――稲葉センセイ」

 物語の創造主に敬意を。


 胸に手を当て大仰に礼をとると、薫はテーブルのグラスを引っ掴んで席を離れた。



 *


「カオル!」
 ホールへ出ようとしたところで肩に手をかけられた。
 薫はその手を振り払い、逆に追ってきた従兄弟を壁に強く押しつけた。ホールの音楽にまぎれて、足下でグラスが砕けた。
「黙れ。何も言うな」
 強く奥歯を噛んで息を吐き出す。
 ガンガンとこめかみが痛んで、頭蓋骨のなかで暴れていた。
「笑えていただろ。だったら何も問題はない」
「……黙ってるつもりか」
「いったい何を言うんだ? この、俺が」
 嘲笑が薫の顔を彩る。
 彼が握り込んだ左手には、すでに誓いを交わした者の指輪があった。ダウンライトに黄金色に輝く指輪が。
 千晶が口をつぐんだのを見て、薫は足を引く。薄いガラスが足の下で音を立てた。
「おまえもそのまま黙ってろ」
 薫は振り返らずホールの光のなかへ足を踏み出した。
 秘密を吐き出せと暴れ狂う獣の咆哮は、彼だけが聞いている。








title byLUCY28
************
ツイッターで話していた薫夕。
うつくしい薫夕をぶちこわしちゃって申し訳ない。
4

2012/10/22 | 投稿者: 和泉


 そのひとは千晶とよく似ていたけれど、千晶より数段上だった。
 もちろん俺に太刀打ちなんてできるはずがない。



「そんなに直己に似てるかな?」
 彼はつくり終えたカクテルを夕士の前に置くと、カウンターを回って夕士のとなりのスツールに腰掛けた。
 ノンアルコールのそれをつくってくれている間中、夕士は彼をじっと見ていた。気づかれていないと思っていたが、ばっちり視線を感じていたらしい。
「よく似てるけど……似てませんね。なんていうか……」
 うまく言えないが、千晶が彼と同じ年になってもこうはなれないだろう。
 ラスヴェガスでギャンブラーをしていると聞いていたが、実際の彼はギャンブラーというより実業家だった。
 カジノで稼いだ金を元手に、このラスヴェガスでホテルとカジノを経営しているらしい。夕士が泊まっているのも、彼のホテルだ。しかも彼の好意でスイートルームを提供されている。
 世界旅行中の夕士の保護者である古本屋は、到着早々に『お仕事』に出かけ、以来、連絡がない。あの担任の兄貴がいるなら大丈夫だろ、と無責任にも夕士を置き去りにして出て行った。
 唖然として取り残された夕士に、彼は笑って部屋へ案内してくれた。いま滞在しているスイートルームに――彼の部屋に。

「千晶から――先生から、よく似てるって聞いてたんですけど、雰囲気が違うし、並んでも見間違えることはなさそうですね」
「君と直己がいっしょにいるところが見たくなったな」
 え、と首を傾げれば彼は「雰囲気もふくめて似ていると言われていたんだ」と言った。
 カウンターテーブルに肘をついて、彼は夕士を見つめる。
「飲んでごらん」
 顔立ちは千晶によく似ているのに――千晶が彼によく似ているというのが正確だが――目は、まったく違う。
 計算高く落ち着き払った視線なのに、そこにはときどき子どものようないたずら好きの輝きが映る。
 どちらの視線も、居心地は悪くないのに、落ち着かなくさせられた。
 カクテルはオレンジ色で、見た目からも香りからもオレンジジュースがベースになっているのがわかる。
 こくり、と一口飲んだ夕士は「オレンジ、パイナップル、グレープフルーツ……に、シロップ?」と感じた味を上げる。
「正解」
「グレープフルーツがきいて、さっぱりしてますね」
「甘すぎなかったかい?」
「いいえ。おいしいです」
 夕士が笑みを浮かべて返事をすると、彼は肘をついていた上体を起こし、夕士の方へ倒した。千晶より背が高い彼は、夕士よりももちろん高い。
 くちびるが降りてきて、夕士のそれに重なる。触れるだけで離れた彼は、頬から耳へと指を滑らせた。
「俺に賭けないか?」
「賭け、ですか?」
 イエスと、ゆったりとした低い声がじわりと夕士の内側に響いた。
「俺は君に賭けたくなった。――今夜はすべて」
 だから君も賭けてみろ、とギャンブルで身代を築いた男がそそのかす。
「何を賭けるんです? 俺に賭けられるものなんてありませんよ。それにあなたが相手じゃ、俺の分が悪すぎませんか?」
「俺は全部を賭けると言ったんだ。分が悪いのはこっちだ。――君は、明日を賭けるといい」
「明日?」
「明日の時間すべて」
 彼は言って、夕士の手からゴブレットを奪うと一口飲んだ。そのままゴブレットを左手に持ち、右手を夕士に差し出す。
 ぽかんとしたまま夕士は彼の手をみつめる。
「悪い話じゃないだろう?」
 悪い話しかない。だってこれは、金貨を賭けてるわけじゃない。金で買えない、とりかえせない、そういうものを賭けている。
 けれど夕士は、放棄することを選べなかった。
 目の前の男から目が離せない。
 ほほ笑む彼は、ギャンブラーそのもの。狡猾で冷静で――楽しげだ。




 ゴブレットのなかでキューブアイスがからりと音を立てる。
 ルーレットの音のようだと思った夕士は、自分の手を包む一回り大きな手をぎゅっと握った。
 

 






**    **

夕士を最初に食べるのは古本屋かなって思ってたけど、それより先に千晶兄(メグミさん)に食われちゃったらいいな!ってゆうべふと思ったのでw
夕士は絶対パリにいる間、男がいた。あのパリジャン以外に。絶対!(笑)
3

2012/6/29 | 投稿者: 和泉

*ネタ書き散らし。頭の中がまとまったらきちんと書きたい。
**夕士の元カレは千晶だけど、相当ひどい男になってますので千晶ファンは退避してね!
***政夕ルートにするか結夕ルートにするか決めかねている。
****政宗さんも、ひどい男です!




 デザインは同じものでなきゃ、と言った女に千晶はなぜと訊いた。
「その方がずっと傷つくから。ああ、でも、石はいれてね。派手なのより、控えめで品がよく見えるように。派手だと現金な女に見られて、彼はきっとそんな女につられたあなたを軽蔑するだろうから。お金目当てじゃない本物の恋人の方がずっと傷つくわ」
 微笑む女に千晶は震えた。
「……むごすぎないか」
 それではあまりに彼がかわいそうだ。
 ためらう千晶に彼女は表情を消す。
「なにをいまさらためらってるの。最初に彼から逃げ出したのはあなたじゃない」
 尖った声に千晶はくちびるを引き結ぶ。
「あなたは怖くなって逃げるのよ。そのうえ、彼をいまから粉々に打ち砕くようなことをするの」
 うつむけた視界で自の薬指に光る指輪が目に入った。石を飲み込んだように胸が重苦しくなる。
「わかってるの? 私たちはこれから自分たちのエゴで何の落ち度もない、純粋に恋をしているひとの心を踏みつけるのよ。わざと傷つけて、泣かせて――」

「壊すの」

 心臓を剣で貫かれるような痛みを感じて息が詰まった。
 自分で決めたこととはいえ、苦しくてたまらない。
 傷つけて、泣かせて、壊す。


 壊れるほど傷つける?



 ぞっとした。
 泣き顔を見るのは嫌いだった。
 どうせなら笑っていてほしかった。誰よりちかくで、自分自身の力で笑顔にしたかった。
 傷つけたくない。泣かせたくない。
 けれど、壊すところはたやすく想像できた。
 

 細くやわらかい手が千晶の手に触れてびくりとする。千晶の手はあまりに強く握りすぎて震えていた。
「やめるなら、いまよ」
 のぞきこむ彼女の目は真っ黒な穴のようだった。
 彼女もまた、これからなすことに怯えている。かすかに青ざめた顔に、千晶は自分もいま同じ表情をしているのだろうと思った。
 千晶は触れ合った手に目を落とす。彼女の手のひらの下にある指輪に刻まれた言葉を思い出す。それは千晶にとって誓いだった。けれど結局、ひとつも守れずにここで終わる。
 そばにいられさえすれば幸せだったのに。いつからか執着心は殺意さえ覚えるほどにひどくなった。
 彼の周りにいる人間、彼に触れる人間をひとり残らず消し去りたい。
 触れることを許す彼が腹立たしかった。世界中を飛び回る彼をつなぎとめたくて、想像の中でいく通りもの方法で彼を囚えた。
 彼を傷つけないで自分に縛りつけるご都合主義の想像は、やがて彼にどう思われてもかまわないというなりふり構わないものになった。囚える方法は、暴力的になり、手段が現実的になっていく。夢のなかまで浸食していくイメージはなまなましい。
 嫌悪を感じている間はまだ安心していられた。

 いまは、ただ待ち遠しい。
 いつ現実にしようかと手ぐすね引いて待っている。





 自分のいないところで幸せそうにしている彼を想像すると胸が痛い。けれど、怯える彼にむかって微笑む怪物はおそろしい。
 だから、千晶は逃げ出す。


「力をかしてくれ」
 乾いてひび割れた声に、彼女はうつくしい微笑をうかべてうなずいた。
 


 傷つけるなんてできない。泣かせたくない。
 壊すなんてできるわけがない。
 千晶はおそろしさに身が竦んでいた。けれど、千晶のなかの真っ暗なところで真っ赤な舌が舌なめずりしている。









***一回転して千夕エンドもいいかも、と思った今日の仕事中。
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