今日 TVで末期患者 しかも回復不能の患者さん7人の呼吸器を外したとかで 医師が逮捕されたと言っていた
今年は父の7回忌
また あの日を思い出す夏が来た
父は咽頭ガンと言われるものに罹っていた
一度目の手術は高知医大病院
ガンが3個から6個以内なら 助かる可能性が有ると・・・
しかし 開いてみたら 13個有ったそうだ
それから1年あまりの闘病生活
皮膚に転移し 胸のあたりの皮膚は溶けたようにどろどろで 穴が開いていたらしい
実は 母が「あんたは見んほうがいい」と言って
決して見せてくれなかった
皮膚に転移するまでは 割と元気で病院内を歩き回ったり
お見舞いに行くと病院の外まで見送りに来るほど元気で
手術で切り取られた舌の為 あまり上手にしゃべれなくなってたけど
自分は治るんだと信じてたようだった
しかし ガンは確実に父を蝕んでた
忘れないよ
8月17日盆休みもその日で終わり 今日は帰るからねと言っていたのに
先生から家族の方にお話が有りますと・・・
母と弟と私 3人で先生の元へ
持って後数日と・・・
意識はしっかりしていて 前日 私は父にこう言われた
私:痛いねんな? もうすぐ先生がなモルヒネ点滴に入れてくれるからね
父:そうか
私:痛いの楽になるから もう少し我慢してな
痛いとは 言わない父だった
苦しげに顔をいがめても 痛いとか苦しいとか言わない人だった その父が・・・
キッと私の目を見つめ
「おまえはな、痛くなくなるって言うけどな 俺は一回も痛くなくなった事なんかないきに」
もう 限界だったのだと思う
先生に頼んだ
「とにかく 痛くないようにしてあげて」と
先生は言った
「モルヒネの量を増やせば 楽にはなります しかし、意識がなくなりお母さんと話をする事すらできなくなりますよ」と
母に聞いた
「あんなに 辛そうなお父さんと まだ残った話があるんか?」と
母はもう十分に話した 楽にしてやりたいと言った
先生は続ける「バランスが崩れて 死期を早める事になりますよ」と
私は聞いた「死期をのばせば 元気になりますか?少しでも治る可能性は残っていますか?」と
首を横に振られた時 私は決めた
「構いません 量を増やしてください」と
それから程なく 父は逝った
しばらくは 私が殺したのかなと思った
でも、もしも 父の立場が私なら?
家族に言った
「もしも 私がああなったら 必ず私も痛くない方が良いからね 迷わないで」と

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