2017/10/12

川遊び  Kids

クリックすると元のサイズで表示します


先週と先々週の日曜日に妹の子供たちを預かりました。

妹は小学生の二人を剣道の試合に連れて行かなくてはならなくて、その間に小6のみくちゃんと3歳のふみちゃん(男の子)を預かることになりました。しかし、大人しか住んでいないこの家におもちゃなんてあるはずもなく、二人はさっそく退屈して、何かしたい、何かしたい、というのだけれど、子供が楽しめるものが見つかりません。幸い、その日は秋晴れの清々しい日だったので、外に連れ出すことにしました。

お散歩に行くよ〜、と言うと、ふみちゃんが「なんか捕まえる?」と訊くので、「いいよぉ」と昆虫採集にも魚獲りにも使える柄のついた網を持って近くの小川に出かけました。その網はうちの子供たちが小さかった頃にもさんざん使った網です。

私たちの子供の頃もうちの子供たちが小さかった頃も、夏にはフナなのかタナゴなのか大きいもので10pぐらいの魚がいつもたくさん泳いでいて、水草の下をすくうと必ず何匹か獲れたものでした。一緒にドジョウやカエルやゲンゴロウなどが入ることもありますが、それは獲れても別にうれしくないので川に戻します。

先週はもうフナやタナゴの季節じゃなかったからなのか、ドジョウと沢蟹とカエルぐらいしかいなかったのだけれど、あの子たちは町の子供なので喜んで獲ろうとしていました。私にはどこをすくえば何がいるかがだいたいわかるので、網を持って離さないみくちゃんに「あの水草の下に何かいると思うよ」と教えてあげると、たどたどしく網ですくいます。でも、網を川に入れた瞬間にドジョウやカエルはさっと逃げてしまい、なかなか網に入りません。「そっと近づいて、ガッとすくってみて」とプロの私がアドバイスしても、そう簡単には獲れません。

水底で泥と同化した大きなドジョウがこっちを見ているのだけれど、これはみくちゃんには無理だなぁ、私に網を貸してくれないかなぁ、絶対に獲れるんだけどなぁ…と大人気ないことを何度も考えました。これがうちの息子だったら、絶対に網を取りあげて私がドジョウをすくっているところですが。(^^;) あの子もこの魚獲りが大好きで、熱中しすぎて何度も川に落ちました。

私の家族はみんな何かしらこの川に思い出があるのだろうと思います。今回、祖父母の押し入れの中を整理した時に、昔の写真がたくさん出てきて、その中に私たちが小さかった頃に当時横浜に住んでいた伯父と従姉妹たちと一緒にその川べりで撮った写真がありました。伯父にとっても、ここは昔遊んだ場所だったのかもしれません。草がぼうぼうに生えていて、道が舗装されていなかったことに驚きました。なんとなくあの場所はいつも今のままだったような気がしていたから。

結局、この日の成果は、みくちゃんが頑張って一人で大きなザリガニを獲得しました。

小型の水槽に入れて帰途につくと、神社の前で自転車に乗ったおじいさんに「今日は何を獲りに来たんですか?」と訊かれたので、「ザリガニが獲れました」と苦笑しながら答えると(私にはザリガニは邪道なもので^^;)、「ほぉ」と感心され、みくちゃんは得意顔でした。その後に、小さな男の子を連れたお母さんと行き交ったので「こんにちは」とあいさつをすると、水槽の中のザリガニ(ほんとに大きくて立派なザリガニだったのです)を見たお母さんが「えー、ザリガニなんて獲れるんですか?」と驚いていたので、「その先にまだ何匹かいますよ」と教えてあげると、しばらくして後ろのほうから「ほんとだー」という声が聞こえました。

みくちゃんもいつかこの川のことを思い出すかもしれません。
1

2017/10/7

読書の秋  Books

今年のノーベル文学賞は意外にもKazuo Ishiguroでしたね。

去年のボブ・ディランも驚きでしたが、今年もまた違った意味で意表をつかれました。ご本人もノーベル文学賞はもっと年輩の作家が受賞するものだと思っていたと言っていましたが、私もこんなに早く?というのが第一印象でした。でも、自分の好きな作家が選ばれたのはやはりうれしいですね。今朝、どこかに「石黒一雄さん」と書いてあって、漢字で見ると別人のようだな…と思いました。笑 しばらくは図書館にも予約が殺到して借りられないだろうなぁ。つい最近、図書館の電子書籍で「Nocturnes」という短篇集を借りたばかりだったので、ラッキーでした。

そして、そのノーベル文学賞の発表があった頃、私は家にあった芥川龍之介集なんぞを読んでおりました。なにしろこの家に来てから、夜にテレビを観ることはほとんどなく、夕方に送られてくる急ぎの仕事をやっつけるか、仕事がなければ本を読むかのどちらかなのです。だからノーベル文学賞が発表になったことも知らず、翌朝一番にインターネットのニュースで知ったのでした。

この芥川龍之介集は古〜い日本文学全集の一冊で、私が最後にこの本を開いたのは高校3年生の時でした。その頃、私立文系コースの文章読解の授業の教材に「侏儒の言葉」の一部が使われていて、たまたま家にあったこの本に全文が載っていたので、興味本位で読んでみたのでした。その他にも「羅生門」や「鼻」や「南京の基督」や「蜘蛛の糸」などの有名どころは一応読んだ記憶がありますが、今回本を開いてみたら、まだ読んだことのない短編がたくさんありました。

その中のひとつが「桃太郎」。そう、誰でも知っている桃太郎です。ところが、芥川流桃太郎は桃太郎が悪者で、鬼が鬼になった所以を描いているのです。そしてまた、この文章が…いいんだなぁ。町田康さんかと思いましたよ。

谷川の末にはお婆さんが一人、日本中の子供の知っているとおり、柴刈りに行ったお爺さんの着物か何かを洗っていたのである。

桃から生まれた桃太郎は鬼ヶ島の征伐を思い立った。思い立ったわけはなぜかというと、彼はお爺さんやお婆さんのように、山だの川だの畑だのへ仕事に出るのがいやだったせいである。その話を聞いた老人夫婦は内心この腕白ものに愛想をつかしていた時だったから、一刻も早く追い出したさに旗とか陣羽織とか、出陣の支度に入用のものは言うなり次第に持たせることにした。のみならず途中の兵糧には桃太郎の註文どおり、黍団子さえこしらえてやったのである。


とまぁ、秋の夜長に、私は静かな家の中でくくくっと笑いながら読書をしているのでした。

0

2017/10/2

田舎の暖かさ  Daily Life

先日、スーパーで買い物を済ませて、買ったものを袋に詰めて帰ろうとしたら、背後のレジのあたりから「Jちゃーん」と大声で呼ぶ声が聞こえました。最初は自分が呼ばれているとは気づかずに振り返ったのだけれど、一瞬後に「ん?私か?」と思い、ずらりと並ぶレジの中から声の主を探すと、腰の曲がった小さなおばあさんが笑顔で私のほうをじっと見ていました。私はハッとしてそのおばあさんに近づき、「わぁ、お久しぶりです」と声をかけました。おばあさんは「私もね、Jちゃんだってわからなかったけど、お父さん(私の父)が一緒だったから、あぁ、Jちゃんだなと思ったの。ほんとに久しぶりだねぇ」と懐かしそうに私を見上げていました。それもそのはず、最後にお会いしたのはもう30年以上も前のことですから。でも、名前を呼ばれた時に、「あれ?この声は、この呼び方は…」と、何か時間が逆戻りするような気がしました。

そのおばあさんとは私の幼馴染、K子のお母さんです。K子にも私が4月に帰省した時に十数年ぶりに会って、今回の長期滞在でも私が退屈しているんじゃないかと気にしていろいろと誘ってくれます。前回K子に会った時に、彼女のご両親は80歳を過ぎた今もまだ農業を続けていて、K子も今まではその手伝いに行っていたのだけれど、この頃は忙しくて手伝えないという話を聞いたので、私でよければいつでも手伝うと言っておいたのでした。これからブドウやリンゴの収穫があるとのことで、連絡を待っているのだけれど、K子は一向に連絡してきません。お礼をすると言うから、私はハネ出し(形が悪くて市場に出せないもの)のブドウをひとついただければそれで充分うれしいと言っておいたのだけれど。だって、高級ブドウのシャイン・マスカットですよ。

小学生だった頃、この季節にK子の家に遊びに行くと、帰りに必ずブドウや梨を持たせてもらいました。K子の家には昔ヤギがいて、何かの雑誌の付録だった工作の紙を持ってヤギの近くを歩いていたら、ヤギが近寄ってきてその付録を食べちゃったことなんかもありました。(私は怖くてフリーズしちゃったのです、笑)

この前K子に会ったときに、小中学生の頃のいろんな思い出話をして、「Jがアメリカに行かなかったら、私の結婚式のスピーチはJにしてもらうはずだったんだよ。だってJは私の初めての友達だったんだもん」と教えられました。

私の両親がこの家を新築してここに引っ越してきたのは私が3歳の時で、私がK子と出会ったのは4歳の時でした。K子が「うちに来る?」と言って、二人で数百メートルの道のりをK子の家までとぼとぼ歩いていった日のことを今でも私は鮮明に覚えています。家族以外の誰かとそんなに遠くまで(笑)行ったのは私にとっても初めての出来事でした。

何年も不義理をしていた私をこうしてみんな(他の同級生たちも)が暖かく迎え入れてくれて、私にもまだここに居場所があるような気がしてきました。

毎年帰って来られるように、せっせと働くことにします。

ちなみに明日はK子とNちゃんと一緒に携帯の電波も入らないような山奥の秘湯に行ってきます。
1

2017/9/27

実りの秋  Seasonal

クリックすると元のサイズで表示します

我が家の玄関先にある柿の木に今年も柿がたくさん実りました。

この柿は私が子供だった頃にはこの倍ぐらいの大きさの渋柿でした。(大きくて細長い柿はたいてい渋柿です) それがいつの間にか甘い柿に変わっていました。これは私の祖母が種をまいた実生の柿だと母が言っていましたが、ちゃんと甘くて美味しい柿が実ります。週末に妹のところのキッズたちが遊びに来るのでたくさん食べさせてあげましょう♪

そういえば、アメリカの家の近所にも柿の木のあるお家があって、この時期にはきれいな柿が生っています。中国かフィリピン系のアジア人のお宅です。

クリックすると元のサイズで表示します

そしてこちらは裏庭の木から採れた胡桃。厳密には地上に落ちた胡桃を拾い、水洗いして果肉を取り除いたものです。この木には胡桃を狙っていつもカラスがいて、うるさいのなんの。カラスは頭がいいと言うけれど、この胡桃も嘴にくわえて飛びながら道路に落として殻を割っています。

その横にある白いものは何かというと、大根の皮です。大根を調理するときにいつも皮がもったいないと思います。きれいだし、柔らかいし、捨ててしまうのは忍びない。昔はよく大根の皮のきんぴらを作っていましたが、大根料理のたびにきんぴらを作るわけにもいかないので、皮を細切りにして切り干し大根を作ってみました。これは前に日本に住んでいた時もときどき作っていましたが、長野の気候は切り干し大根にぴったりです。湿度30%という日もあり、日なたに置いておくだけでカラっカラになります。

水分が抜けて少なくなってしまいましたが、ねっ、切り干し大根でしょう?

クリックすると元のサイズで表示します
1

2017/9/24

お彼岸  Daily Life

クリックすると元のサイズで表示します

近所にヒガンバナがたくさん咲いていました。ヒガンバナはこのニョキニョキ生えてくる感じからするとおそらく球根だろうと思うのですが、うちの庭にも一本だけ生えています。誰かが植えたということではないようなので、種が飛んできたのでしょうか?

クリックすると元のサイズで表示します


お彼岸なので、お散歩がてらご先祖様のお墓参りにでかけた先でヒガンバナを見つけたのだけれど、その隣にはリンゴ畑があって、リンゴがたわわに実っていました。こんなに無防備に木に生っていて、だれも盗んだりしないのかなぁ。

クリックすると元のサイズで表示します


そういえば先日中学時代の仲良し5人組に会った時に、面白い話を聞きました。
友達のうちの一人は関東地方に住んでいて、たまたまその時は高校の同窓会のために帰ってきたのだけれど、長野駅からバスに乗ってきて、下車しようと思ったら小銭を持っていなかったのだそうです。普通は1000円札ぐらいは崩せるはずだから、たぶん1万円札しか持っていなかったのでしょうね。友達が慌てていると、運転手さんは「いいよ、いいよ、今度で」と言ったのだとか。運転手さんと顔見知りなわけでもないから「じゃぁ、(運転手さんの)お名前を教えてください」と友達が言ったら、「ほんとに、いいから」と教えてもらえなかったそうです。いや〜、のどかですよねぇ、田舎は。ちなみにバス代は100円などではなく、650円です。コンビニでお弁当買えますよ。(笑)

一方、もう一人の友達の話では、何年か前に彼女の息子君が通学時に電車の定期を忘れて、駅員さんにそう伝えたら、区間分の料金を払うように言われたそうです。ところが息子君はその時手持ちがなくて、名前と連絡先を書いて後日料金を持ってくるように言われました。私の友達は定期を提示すれば大丈夫だろうと思ってその日に駅に行ったら、しっかり区間分の料金を払わされたそうです。それは私も高校の通学に使っていた1-2両しかない江ノ電のような電車で、今では廃線になってしまいました。それほど経営が悪化していたのでしょうね。

お墓参りを済ませて振り返るとこの景色。向こうに見える山は世界最大のピラミッドと言われている山です。(笑)パワースポットだと言われているそうですが、私たちは子供の頃にこの山でよく遊んだけれど、何かご利益(りやく)があったのかなぁ。

クリックすると元のサイズで表示します


1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ