2010/12/6

晩秋の京都の文化財を訪ねて!その4.栄西所縁の恵美須神社  文化財研修記

京都市東山区にあるに栄西禅師創建の建仁寺の西側には栄西禅師が入唐(宋)のとき、船中にわかに波風あらく吹きて船中の人々驚き騒ぐ折ふし、栄西禅師少しも騒がず海上に向いて拝し給えばいずくともなく「ゑびす神体」あらわれ給い船の軸先に立ち給うとたちまち波風鎮まりければ、それより御影を写し留めて帰国後、建仁寺の鎮守となし給う。京都で「ゑべっさん」と親しまれているこの恵美須神社は建仁2年(1202)に臨済宗大本山建仁寺の開祖栄西禅師です。禅師は岡山の加陽氏の出身で吉備津宮の神官の家系でであり、日本の古来の神も厚く敬われたのです。ゑびす神は「八代言代主(やえことしろぬしの)大神」と同一の神様です。ゑびすのお祭りでは「商売繁盛で笹もって来い」といいますが、この笹は古来京都では京都弁でお神酒(おみき)のことを「おササ」と呼んでおり、それに同じ音をもつ「笹」を「吉兆のお笹」としたのが、400年前の慶長年間代この恵美須神社の18代宮司であった中川数馬義幸(なかがわかずまよしゆき)氏でした。都七福神はゑびす神:恵美須神社(商売繁盛、旅行安全、豊魚など庶民救済の神で七福神の中で唯一日本生まれの神です)、天が付くのはインドの神様、その他の神は中国の神様です。大黒天:松ヶ崎大黒天妙円寺(日蓮宗、福財の神、商売繁盛)、毘沙門天:京都東寺(毘沙門天を信ずると十種の福が得られる)、弁財天:六波羅蜜寺(真言宗、唯一の女神、セイロンから来た神で言語・音楽・金運・財運の神)、福禄寿神:赤山禅院(天台宗、幸福・高禄・長寿の三徳)、寿老神:行願寺革堂(天台宗、中国の老子が天に登り神となった。人々の難を払う団扇を持ち、福財・子宝・諸病平癒長寿の神)、布袋尊:黄檗山万福寺(禅宗、中国では弥勒菩薩が姿を変えこの世に現れた存在として信仰されています。

1.恵美須神社第一の大鳥居
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2.恵美須神社、右側の石のゑびす大神に注目を!
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3.第二の鳥居の福箕(賽銭が投げられ旨く載ると福が来ると庶民は言っています。
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4.本殿(ここでは2礼2拍1礼して、本殿南側横の賽銭箱の上を叩いて祈る)
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5.本殿南側横の戸をどんどん叩き祈る習慣できている。
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