2010/6/1

平成22年は石清水八幡宮の御祭神第15代応神天皇壱千七百年式年祭です!その4その摂社と石庭を見る!  文化財研修記

石清水八幡宮は鎌倉時代には源氏の氏神であったため、源頼朝も再三参拝した。又元寇の際には当社で敵国降伏の祈願が行われた。南北朝動乱期には善方寺家が北朝方として幕府の御師(おんし)となり、田中家は南朝方として一時,後醍醐天皇の後継の村上天皇の行在所(あんざいしょ)となっている。室町幕府の足利氏は源氏の家系であったため、当社の尊崇が厚かった。三代将軍足利義満の母は善方寺家の出身で、義満は15、義持(よしもち)は37度も当社に参拝している。また6代将軍をめぐるくじも当社で行われ、義教(よしのり)が選ばれている。しかし室町幕府の衰退とともに当社も勢力を失い、応仁の乱前後に臨時祭と放生会も中止され、再開は江戸時代となった。京都府綾部市のもう1つので4月第一日曜日のお田植式で有名な綾部八幡宮は最期にクリックして見てもらえます。

1.摂社(広田社・生田社・長田社)
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2.校倉(あぜくら)左、信長塀
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3.住吉社・右は一童社,裏は信長塀
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4.龍田社・貴船社、裏は信長塀
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5.北門
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6.若宮社(応神天皇の皇子・16代仁徳天皇を祀る)
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7.若宮殿社(応神天皇の皇女を祀る。女性のための守護神)
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8.書院石庭「数多くの名園を手がけた作庭家・重森三玲(しげもりみれい)氏により昭和27年に作られた石庭。南北約8メートル、東西約6メートル。八幡大神の「海神」としての神格に因んだ海洋を表現している。この下部の写真の石灯籠は「永仁三年(1295)未乙三月」刻銘があり、国の重要文化財に指定されている。
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9.書院内部を説明する神官
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毎年4月の第一日曜日に実施される「お田植式」で有名な綾部八幡宮は下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/405.html

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