2010/5/25

雨の広隆寺で弥勒菩薩半跏思惟像などを拝観  文化財研修記

激しい雨の中、太秦の広隆寺に車を走らせ、国宝第一号の弥勒菩薩半跏思惟像など仏像を拝観した。駐車場の場所が分からなかったので、広隆寺の手前で右折して太秦映画村の一帯を一周してくると広大な駐車場があった。タクシーが一台止まっているだけだった。

交通の便利が良いのか、霊宝殿の仏像見学には次々と人が訪れ賑わっていた。雨の中を境内を仁王門まで歩き信号を渡り写真を撮る。また境内に入り空っぽの駐車場に戻った。
個人で京都の文化財巡りをすると、綾部の文化財を守る会の研修旅行で、ベテランの四方續夫事務局長の豊富な知識と経験に助けられていることが良く分かった。

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駐車場から入って正面、井戸舎(右)と太秦殿(左)
太秦明神、漢織女(あやはとりめ)、呉織女(くれはとりめ)を祀る。
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庫裏・書院(正面)と参拝者受付(右)
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ツツジの咲く弁天社
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ツツジの咲き誇る向こうに上宮王院太子殿(本堂)
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ツツジの咲く参道、正面は旧霊宝殿
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拝観する仏像の一覧表示
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雨の激しく降る中を新霊宝殿に向かう
飛鳥時代の弥勒菩薩半珈思惟像(国宝)をはじめ、天平・弘仁・貞観・藤原・鎌倉と各時代の仏像を祀る。
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国宝第一号
弥勒菩薩半跏思惟像
 弥勒菩薩は、須弥山の弥勒浄土といわれている兜率天にて、菩薩の行につとめられ、諸天に説法し、お釈迦さまにかわってすべての悩み、苦しみをお救いくださり、正しい道へとお導き下さる慈悲の仏さまです。
 この半跏思惟像は、「一切衆生をいかにして救おうかと考えている」お姿を表しています。
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新霊宝殿の前の池と庭園
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上宮王院太子殿(本堂)
享保十五年(1730)に再建された入母屋造の堂。本尊に聖徳太子像を祀る。この太子尊像には、太子の偉徳功業を景仰せられる歴代天皇が、即位大礼に御着用の黄櫨染御袍の御束帯が即位後贈進されて各天皇御一代を通じて御召しになるならわしである。
毎年11月22日の聖徳太子御火焚祭に特別開扉。
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上宮王院太子殿(本堂)の正面から
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講堂(赤堂)重文 永万元年(1165)に再建された京洛最古の建物である。本瓦葺寄棟造で五間四面、内部は化粧屋根裏になっており、俗に「赤堂」と呼ばれている。
中央に西方極楽浄土で説法をされている印を結ぶ阿弥陀如来坐像(国宝)、地蔵菩薩坐像(重文)、虚空蔵菩薩坐像(重文)を祀る。
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南大門(仁王門)

桂宮院本堂(国宝)別名八角円堂(4、5,10,11月の日曜祝日のみ公開)
聖徳太子が楓野別宮を起こされたところと伝えられ現在は広隆寺の奥の院と称される。現在の建物は建長三年(1251)に中観上人澄禅により再建された。

地蔵堂
平安時代に我国繁栄の為に弘法大師が諸人安産、子孫繁栄の御言順に基き御製作になった腹帯地蔵尊である。

薬師堂
阿弥陀三尊立像 薬師如来立像 不動明王 道昌僧都 弘法大師、理源大師を祀る。

広隆寺沿革
 広隆寺は推古天皇十一年(603)に建立された山城最古の寺院であり、聖徳太子建立の日本七大寺の一つである。この寺の名称は、古くは蜂岡寺、秦公寺、太秦寺などと言われたが、今日では一般に広隆寺と呼ばれている。

 広隆寺の成立に就いて、日本書紀によると秦河勝が聖徳太子から仏像を賜りそれを御本尊として建立したとあり、その御本尊が現存する弥勒菩薩であることが廣隆寺資材交替実録帳を見ると明らかである。

 秦氏族が大勢で日本に渡来したのは日本書紀によると第十五代応神天皇十六年で、主は養蚕機織の業であり、その他に大陸や半島の先進文化を我が国に輸入することにも努め農耕、醸酒等、当時の地方産業発達に貢献していた。

 我が国に大陸文化を移し産業と文化の発達の源流・経済の中心ともなった太秦の、この広隆寺は、衆生済度の道の探求、仏法への絶対的な帰依、そして。和を似って貴しと為す平和な世界をめざされた慈悲の権化である聖徳太子の、理想の実現に尽力した秦氏の功業を伝える最も重要な遺跡であり、信仰と芸術の美しい調和と民族の貴い融和協調とを如実に語る日本文化の一大宝庫である。
 広隆寺は弘仁元年(818)に火災に遭ったが、秦氏出身で弘法大師の弟子である道昌僧都によって再興、更に久安六年(1150)にも炎上し、復興された。このように、度々の災禍にも拘わらず、多くの仏像がよく保存された事を思うと、これらの仏像がいかに強い信仰の対象となっていたかが、うかがわれる。

国宝
弥勒菩薩半珈思惟像、弥勒菩薩半跏思惟像(百済伝来)、十二神将・12躯、阿弥陀如来坐像、不空羂策観音菩薩立像、十一面千手観音立像、広隆寺縁起資財帳、広隆寺資財交替実録帳、桂宮院本堂(以上20点)

重要文化財
千手観音坐像、毘沙門天立像、吉祥天立像、如意輪観音半跏像、不動明王坐像。薬師如来立像、蔵王権現像。阿弥陀如来立像、聖観音立像、吉祥天立像、埋木地蔵立像、日光菩薩立像、月光菩薩立像、弥勒菩薩坐像、菩薩立像、吉祥天立像、大日如来坐像、蔵王権現像、吉祥天立像。聖徳太子孝養像、増長天立像、持国天立像、広目天立像、五髺文殊菩薩坐像、多聞天立像、秦河勝像、同夫人像、吉祥天立像、大日如来坐像、地蔵菩薩坐像、虚空蔵菩薩坐像、能恵法師絵詞、十二天画像12幅、准胝仏母画像、三千仏図絵、鉄鐘、講堂(以上48点)




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