2009/12/8

歴史街道浪漫「横峠越え」に参加  山・峠道・滝

江戸時代に田辺藩主(現在の舞鶴市)が参勤交代で通行していた「歴史街道・横峠越え」に参加してきました。熱心な参加者が100人余りの盛況で、準備された資料(戦国時代の遠見番所・釈杖ケ岳 登頂案内)が足りず嬉しい悲鳴を上げておられました。主催:山家今昔写真の会:先に紹介しました資料「歴史街道浪漫・横峠」も合わせてご覧ください
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府道1号線(上林−若狭街道)交差点手前の広域農道側の旭町公会堂で受付
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挨拶される主催の山家今昔写真の会:有道大作会長
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およそ110人を越える熱心な参加者 写真をクリックすると拡大します
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横峠の歴史的な解説をされる川端二三三郎先生(綾部史談会副会長)
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参加者一行の記念写真(100人余り)
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広域農道の向かいが峠口「安国寺の国道27号線まで6Km」の小標識が立てられている。林道でなく市道とのことである
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峠口から行列で山に入る
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濡れた落ち葉の敷かれた山道を歩く、泥たまりのタイヤ痕を避けて歩く
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針葉樹林や雑木林など変化のある広い峠道を楽しむ
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陽が当たり眺めの良いところにでる
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眼下に横谷トンネルを抜けた京都縦貫高速道が見える。旭トンネル入口か?→府道1号陸橋→橋上トンネル→釜輪陸橋→和知ICへとつづく(写真:ふじもと様提供)
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夏だけ開かれたと云う茶屋「紀甲堂跡」:延宝6年(1678)開設「縦についたを横峠、その名を何と紀甲堂」と大書した看板がかかっていたと云う
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横峠の頂上・紀甲堂跡に集まってくる参加者
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紀甲堂の向かいの少し上に高い電波塔が建っている
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道標:梅迫、田辺・志賀郷 (写真:ふじもと様提供) 
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綾部工業団地が見える。地図の高圧送電線は鉄塔でなく峠道沿いの電柱のようだ。また黒い通信用ケーブルも張られている
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大江山を遠望(写真:ふじもと様提供)
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旅人の安全を見守る尼僧の碑が路傍に立っている
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こっそり先行の軽トラ見つけ! 道理で生々しい泥んこのタイヤ跡が続いていたのだ
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通信鉄塔保全のためか八田側の峠道はガードレールも完備
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突然目の下に高速道路が現れた、横谷トンネルの真上を通る。
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安国寺インターからすぐの横谷トンネル(長さ1158m)入口の上が峠道、左に渡り高速道路下のガードを潜り再び右に出る
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国道27号線の安国寺陸橋下(インターチェンジ入口)公園に立つ足利尊氏公の銅像が迎えてくれる
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横峠 山家旭町まで6Kmの標識
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往復する予定で参加したが、迎えに来た市マイクロバスに乗り旭町に帰着
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GPSによる全ルート軌跡マップ 地図をクリック拡大してご覧ください

参考
京都府縦貫高速自動車道・丹波綾部道路を歩く
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/403.html




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