2009/7/26

7月24日(金)綾部天満宮の大祭(天神祭)盛大に催された。  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」旧綾部町内に天神町がある。町名の通り其処には「綾部天満宮」がある。この神社の駒札には次の様に記載されている。「御祭神:菅原道真公・文道の祖神、学問書道の神、相殿の御祭神:賀茂大神・五穀豊穣天下豊平雷の神威のよって人類の罪悪を除し給い又方位除災等の加護を垂れ給い社会平等の確立平和福祉の増進を守護し給う家庭日常生活の守り神」内容は良くご理解頂けると思います。唯、多少付け加えますと「平安時代の菅原道真公は参議・菅原是善の三男で宇多天皇に重要され昇進、醍醐天皇の時代には従二位右大臣にまで昇進。左大臣(右大臣より上位)藤原時平から醍醐天皇に讒訴(ざんそ)され、九州の大宰府へ太宰権師「(だざいごんのそち)師(そち)が長官で、所謂、副官(次官)である。」として左遷され現地九州の大宰府にて亡くなって現在の有名な大宰府天満宮に葬られた。その左遷で京を離れる時に詠んだ「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花、主なしとして 春なわすれそ」は有名。道真公亡き後、醍醐天皇の子で東宮(とうぐう、皇太子(時平の甥)をはじめ次々と朝廷要人に多くの死傷者(清涼殿に落雷)が出たので、朝廷は罪を許し、落雷後には「贈正一位、左大臣に名誉回復。更に時平死亡後には「贈太政大臣(だじょうだいじん)」となる。更に後、京都の北野に北野天満宮として祀られた。かくして、「天神様」となったのであります。賀茂大神については長くなるので下記をクリックして7月24日(金)に催された「綾部天満宮のお祭」や「京都の上賀茂・下鴨社」を見て下さい。

1.大槻昭(当会々員)神社総代の司会で神事始まる
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2.綾部八幡宮々司・奈島正倫(なじままさみち)様参拝(一)「修祓の儀」(しゅばつのぎ、天神さまへ祝詞を奉上される儀式)、「宮司一拝」(参列者は全員宮司様に合わせて拝礼する。)、「献饌の儀」(天神さまへ食事をお供えする儀式、昔は魚介類も含めて豊穣を祈り野菜類をもお供えしました。)続いて、宮司様の「祝詞奉上」(天神様へのりとを読み上げる儀式)、続いて宮司様の「玉串奉奠」(榊の葉がついた木をお供えする儀式)を終えました。
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3.お祓い(お清め)される奈島宮司様と来賓の綾部市・市長四方八洲男(しかたやすお)様、森永市議会議長、佐々木京都府々会議員、8町区を代表する自治会長及び関係神社役員やご来賓の梅原綾部市連合自治会長等です。午前10時過ぎ
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4.玉串奉奠の儀(たまぐしほうてんのぎ)トップは四方八洲男綾部市長です、以下参列のご来賓数十名が玉串を奉奠されました。
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5.「撤饌の儀」(てっせんのぎ、天神さまへ供えた食事を取り収める儀式)終了後、続いて奈島宮司様の「神幸祝詞奉上」(しんこうのりとほうじょう、祝詞を天神様へ読みあげる儀式)をし、「出御」(天神様の御霊を神輿に移す儀式)
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6.子供神輿巡航に先立ち子供達に内容を判りやすく説明される奈島宮司様
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7.奈島宮司様が先導役で子供神輿巡航開始です。午前10時50分頃
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8.続いての行列2.関係する8町区を巡航します。
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9.続いての行列3.
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10.続いて神輿です。4
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11.昼12時30分無事帰着,天神様の御霊を天満宮へ戻す儀式です。
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12.午後5時50分夜の参拝開始の「振れ太鼓」です。
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13.早速若いギヤル達のお参りです。午後6時頃。恋の祈願か!最近出かけた京都室町にある「阿部清明神社」(あべのせいめい、平安時代の天文学者、占師)等は凄い若い修学旅行の女子高生で押されて大変だった!!
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14.参拝の方は無料の「大福引」です。若い女性のお参りで天神様も喜ばれたのでしう。大当り続出!!午後6時頃
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「賀茂大神は通称であり、本姓は賀茂別雷命(かもわけいかずちのかみ)で京都の上賀茂神社が一番有名です。下記をクリックして当会の研修旅行を見て下さい」
http://www.ayabun.net/kensyu/toji/kamojinjya.html



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