2009/7/22

ぶらり城下町宮津の社寺を歩く!第14回浄土宗西方寺と日蓮宗本妙寺  文化財研修記

ぶらリ城下町宮津の社寺を歩く!シリーズは10回以内で収める予定でしたが、導入部分に4回もかかり、今回は第14回目です。第16回が最終回となります。旧宮津町内に多くの社寺があると知っていましたが1日では周り切れず、次回に続編を掲載したいと考えています。今回から2ヶ寺を一度に紹介します。先ず、浄土宗の京都の知恩院の末寺として開かれた山号聖像山・西方寺は、永禄三年(1560)に真誉恵誉大徳により開かれた寺ですが、現在、栄照寺と合併して「愛染明王堂」のみが残っております。近所の方に西方寺は?と聞いてもほとんどご存知なく「愛染明王堂」として今なを多くの参拝者が訪れています。又、次に掲載する日蓮宗の長久山・本妙寺のご本尊が珍しく「十界大曼荼羅」で残念ながら撮影は不可能でした。寛永二年(1625)京極高広が宮津を再建し、その完成を記念とし、開基である高広夫人が養父の徳川二代将軍秀忠公の菩提のため当寺を建立しました。寺宝に三菩薩(日蓮・日朗・日像)のご本尊がありましたが、昭和六年(1931)の大火の為、山門以外は全焼しましたが、昭和47年に日蓮上人750年、当寺350年記念として近代的な寺院となった。

1.元、浄土宗。京都知恩院派の西方寺の「愛染明王堂」
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2.上記「愛染明王堂」の扁額
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3.京極高広夫人が養父・徳川二代将軍秀忠公の菩提のため建立した日蓮宗・本妙寺
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4.本妙寺の見事な山門は寛永二年(1625)建立のもの
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5.昭和47年日蓮上人750回忌、当時創建350年記念の近代的な本堂
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