2008/12/9

しばらく京都を旅しょう!第5回大徳寺の塔頭・真珠庵と枯山水で有名な「大仙院」を訪ねて!  文化財研修記

京都市北区船岡山の北に臨済宗大本山大徳寺がある。古来人々は「建仁寺の学問づら、妙心寺の算盤づら、そして、大徳寺の茶づら」と言って来た。成る程、大徳寺には有名な「茶室」を持つ塔頭寺院が多い。先ず大仙院は英語でROCK GARDENとして海外にも有名であるが、お隣の「真珠庵」も又もと和泉式部の夫藤原保昌(ふじわらやすまさ)の」宅地跡と伝えられ、今の庵主は京都府綾部市の口上林(くちかんばやし)地区の山家藩の分家で、十倉旗本2千石谷家の陣屋が江戸時代にはあり、その代官達の菩提寺の「如是寺」の住職の息子さんが今の庵主である。一般公開は中々せず今回も山門と入口庭園のみの撮影であった。この庵は永享年間(1429〜41)に一休宗純が創建したもので、一休和尚が住んだのは文明年間(1469〜87)である。

1.真珠庵山門
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2.山門内の庭園
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枯山水庭園で有名な大仙院は常に一般公開されているが、その国宝方丈は室町時代のもので、わが国最古の方丈建築として貴重なものである。撮影は禁止だが本が販売されているので、そこで購入し、その説法で今なをご健在の「尾関宗園禅師(おぜきそうえんぜんし)」の署名を貰うと良い。小生35年振りの再開で話に花が咲いた。「今、読書するより歩いて長生きする方が良い。」と今回の説法であった。

3.大仙院案内板
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4.大仙院山門前の赤松
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5.大仙院山門
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6.写真を撮ると言うと眼鏡をはずされ、その姿は35年前と変わらない若々しい「尾関宗園禅師」であった。
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