2008/12/5

綾部の厄除八幡神社と左甚五郎蝉錠伝説  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」豊里地区の今田町(こんだちょう)にはご祭神・応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、竹内宿弥(たけのうちすくね)の五神を祀る「八幡神社」(別名;厄除八幡さん)がある。由緒では本神は惣持寺の鎮守・小西・今田・立合の神社である。資料の元禄13年(1700)の神堂改築帳に曰く、「八幡宮・普明山如意輪観音也。(中略)右神社は小西今田立合の神社にて則境内も雨村入組二番ニ候」と。伝説口碑では、昔左甚五郎の作と伝えられる蝉錠(せみじょう)あり。ときならうぬ季節に蝉の鳴声あり、人々不思議がり、稀代の奇宝として珍重せしが、慶長5年(1600)9月福知山城主小野木縫之介(西軍)が田辺城(舞鶴)の細川幽斎を攻めんとし、出陣の途中、鍛治屋村の敵を攻撃し、その残兵がが当神に潜伏していましかと疑い、扉の外より5度刀を以っ突通した,不図金躯の蝉を刺衝した、その歳、よりこの蝉錠も鳴き止めりと。刀疵は今も残って居る、(一説に三坂女郎物語と関連する伝説がある。)

1.八幡神社(厄除八幡神社)の看板
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2.八幡神社の鳥居と参道
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3.八幡神社
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4.中々見事な象鼻等の彫刻
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5.見事な大正9年の銘のある常夜燈と狛犬
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