2008/11/15

福知山市豊富谷の文化財を訪ねて。その1.国重要文化財島田神社の解体修理  文化財研修記

京都府福知山市「元天田郡(あまだぐん)」に豊富谷(とよとみだに)がある。この豊富谷は京都府北部の最大の河川の源流の一つで清流の和久川がある。この地、福知山市字畑中(はたなか)1882−1に昭和62年に国指定重要文化財である「島田神社(しまだじんじゃ)」があり、この神社は江戸時代近在五ヶ村の総鎮守であった。この神社を皮切りに1.島田神社「国重要宇文化財」、2.天照神社「天田郡4式内社の一つ」、3、和久寺廃寺跡「綾中廃寺と同時期の白鵬時代」、4。丹波古刹霊場第十三番の長安寺、5.福知山市治水記念館「京都府北部最大の河川」、6.広峰古墳跡国重要文化財「銅鏡」が出現、7.明知光秀築城の福知山城「日本一の深い井戸、今も清流がある。」を順次掲載して行きます。先ず、国重要文化財の「島田神社」ですが、先ほど触れたように、非常に古い神社で本殿は三間社流造(さんげんしゃながれつくり)で附宮殿2基がある。本殿は内法貫(うちのりぬき)に書かれた墨書から文亀2年(1502)の建立とされる。その修理、変遷についても不明であるが、昭和9年(1934)の村社昇格に際し、本殿覆屋(ほんでんおおいや)の改築、拝殿と幣殿の新築が行なわれ、昭和54年(1979)本殿正面の軒廻りの修理が行なわれた。本殿は三間社流造であるが、屋根材が失われ、昭和9年の覆屋改築に際し、軒先の垂木と側面の屋根の出が切り縮められ、縁も撤去された。平面は、庇部分に床を張り詰め、中央間に切り込み階段を設ける。床高(ゆかだか)、庇、外陣、、内陣の順に高くなり、身舎(しんしゃ)部分の側面と背面は横板壁で閉じる。内外陣境には各間両開き板戸、両脇間に引き違い格子戸を建て、彫刻欄間(らんま)をはめる。島田神社本殿は屋根葺材(やねふきざい)を欠き、軒廻りなどに一部改造も見られるが、軸部や組物の保存状態はよい。手挟(てばさみ)や側面の拳鼻付花肘木(こぶしばなつきはなひじき)などの彫刻は地方色豊であり、特に蟇股(かえるまた)の形は他に他に類型が少ない。また、創建当初は庇部分の床を同じ高さで前三方に縁を設け、身舎の縁は東側のみに一段上がって取り付くことも特徴的である。当社は建築年代が明らかで、中世末期の丹波地方における神社建築の傾向を知る上で重要な遺構の一つに挙げられる。(この文章は修理保存中の京都府教育委員会文化財保護課の福田技師先生よりの文を抜粋した物です。)

1.国重要文化財「島田神社」解体修理中に見学に入る。
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2.島田神社の本殿等の修復中の説明(福田技師先生)
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3.修復中の葺本殿(こけらぶきほんでん)
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4.修復中の本殿正面
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5.修復中の屋根垂木(やねたるき)
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6.室町時代から本殿下で火を焚いていた跡がある。
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7.文化六巳(1809)の銘が入った常夜燈
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8.見事な狛犬だが、残念銘がない。
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9.島田神社横を流れる「清流の和久川」、京都府北部最大の河川「由良川」に下流で合流する。
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