2008/9/25

臨済宗東福寺派の古刹・高貴山如是寺の文化財と学童疎開先  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」上林地区の十倉志茂町には古刹「臨済宗東福寺派の高貴山 如是寺(にょぜじ)がある。この寺は三つの事で有名である。山家藩谷家は元々1万6,000石で有ったが、3人の息子を将軍家旗本にした。一。上杉谷家2,500石(後継者無く家断絶)、この2,000石旗本十倉家は明治維新まで続く。三。旗本梅迫谷家1,500石は明治維新まで続く。山家谷藩1万石、綾部九藩2万石、福知山朽木藩3万石と言われたのはこのことである。しかし綾部九鬼藩は初代藩主九鬼隆李が実弟を福知山の飛び地三岳に500石の旗本にしたので、綾部九鬼藩は1万9,500石が実際で有った。1.臨済宗東福寺派の古刹で大権修理菩薩が祀られている事。2.元幕末にこの十倉旗本谷家ニ千石が佐賀藩の砲術師「神田省三」を雇用し、指導を受けたが鳥羽伏見の戦いで神田省三は負傷し、この寺にて慶應四年(明治維新の年)1月十五日死亡し、その墓がある事。当時佐賀藩は大変砲術に優れ、上野に立て籠もった「彰義隊」は殆どこの肥前佐賀藩の大砲と鉄砲隊で以って死亡した。薩摩、長州、土佐、肥前を薩長土肥といい最後に勤皇派になった大藩である。3.太平洋戦争では京都の学童疎開でこの寺に泊まり口上林国民小学校(口上林小学校)で勉強した事

1.如是寺全景
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2.山門手前の庭園
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3.如是寺山門
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4.如是寺の見事な庭園
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5.学童疎開の今尚残る当番表
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6.ご本尊「延命地蔵尊」
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7.ご本尊の右手の「達磨大師」
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8.有名なご本尊左手の「大権修理菩薩」
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9.肥前佐賀藩出身で旗本十倉二千石に雇用され砲術を指南した「神田省三」の墓
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10.如是寺の旗本十倉谷家の代官「岩本家」の墓
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