2007/12/10

京都洛西紅葉の名所・鹿王院と文化財5  文化財研修記

京都洛西(らくさい)には嵐山から徒歩10分で「鹿王院(ろくおういん)」へ行ける。この鹿王院は足利三代将軍・義満が康暦2年(1380)24歳の時、寿命を延ばすことを祈って建てた禅寺で、覚雄山 宝幢禅寺 鹿王院と名ずけ、京都十刹第五の名刹である。開山は義満の師、普明国師(春屋妙葩)である。この鹿王院は平成20年秋の文化財・史跡学習会の計画の一つである。

山門(義満の筆「覚雄山」の扁額と共に600余年霽月を経手いる。
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山門から中門までは、天台烏薬(てんだいうやく)等の銘木が繁り青苔が続く。一休禅師もこの門をくぐり、ここで維摩経(ゆいまきょう)の提唱を聞いている。
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玄関入口
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舎利殿と本庭(本庭の中心は舎利殿で、鎌倉将軍源実朝が宋の国から招来した、仏牙舎利が多宝塔に安置されている。この舎利殿を中心として嵐山を借景とし、室町時代の石組や四百年をモッコクの銘木が右側にあり、格調の高い庭となっている。
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本堂から舎利殿を見る。
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本堂内の開基・足利義満像(室町幕府三代将軍1358〜1408)。法号は鹿苑院天山道義、時の後円融天皇とは従兄弟同士であり、天皇に取って代わる話も時の話題であったが、義満の公家文化趣味、禅宗信仰、外来文化の尊重をはじめ相国寺・花の御所・北山第等の造営で北山文化を咲かせた。
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本殿内の「釈迦と十大弟子像」各像は修復を加えているが創建当時からのものである。江戸時代の記録には運慶作と伝えるが未詳である。
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