2007/7/5

京丹波町の府指定重要文化財「阿上三所神社と名門片山家」  文化財研修記

平成19年7月4日(水)綾部史談会の有志11名は京都府京丹波町中(旧、船井郡和知町中)の片山杲(かたやまたかし)家、片山一族の本家をご本人(綾部史談会々員)の案内で訪れた。この片山家の庄屋文書200点以上もあり「旧、和知町の重要文化財」に指定されている。又、片山氏系図によると片山氏の先祖は皇位50代光孝天皇の七代末裔従五位下・平光孝「治歴三年(1067)」であり河内国坂戸郷を所領とした北面の武士であった。源頼朝が鎌倉幕府を開き、全国を掌握しようとし、又、承久の乱後、執権北條家の命で、七代目片山平九郎右馬丞=平廣忠が新補地頭として承久四年(1222)に和智庄(1500石)に赴任した。観応元年(1350)に片山三郎左衛門は「阿上三所神社(あじょうさんしょじんじゃ)」を和知坂原の元寺地(真言宗)に片山一族の氏神として創建した。この旧・和知町には四ヶ所に阿上三所神社があるが、平成17年3月10日京都府の重要文化財に指定されたのは、坂原の「阿上三所神社」のみであり、祭神は伊佐那岐命、伊佐那美命を祭る。神社本殿前には「舞殿」があり、綾部市にある数十ヶ所の神社では、「舞堂」を持っている神社もあるが、このような本格的な「舞殿」はない。又、この神社の鳥居を越えた所、舞殿手前右側には巨大な「うろ」のある樫の木と藤があり、この神社が創建された時,これらは既にあったといわれている。即ち樹齢700年以上と推定できる。尚、片山家は「六間取りの家屋」であり、舞鶴の京都府指定文化財「行永家住宅」に匹敵するものであり、片山家の墓所は曹洞宗・東寓寺の裏山にあり二基の宝篋印塔(室町時代後期のもの)がある。向かって右側のものは、花崗岩、相輪を失い、現高は56.4センチメートル。等身四面に蓮華座上の月輪内に金剛界四仏の種子が刻んである。

片山本家住宅
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京都府指定重要文化財「阿上三所神社」の舞殿(茅葺き屋根にトタンで覆てある。)
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本殿
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本殿の見事な彫刻
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本殿に奉納された「16歌仙」の額
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観応元年(1350年)神社創建の時、既に存在した樹齢推定700年以上で、うろを持つ巨大な樫の木と藤
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片山家の墓所の二基の宝篋印塔を前に、青い傘が片山杲氏、桃色斑の傘が綾部史談会々長の山崎巌先生、黄色の傘が副会長の川端ニ三三郎先生
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